Life's Compass 人生の羅針盤 

先日、あおさんの記事でバイオリズムについて少しばかりふれてあったので、それを思い出してこの記事を書いています。


Compass のコピー


これは知る人ぞ知る計器です。しかし、ちょっと難しすぎます。汗!
昭和40年の当時は二千円で販売されていて、直径はCDとほぼ同じです。
この中古は滅多に市場に出ませんが、数度、以前のヤフーオークションに出品されていました。一番高値は150万円でした。汗&笑! 落札している人はいなかったと記憶しております。
羅針盤について、ご存知では無い方に対しては意味不明です。ごめんなさい。説明をかなり省略しています。

使用説明書によると、この計器の正式名称は「人生数表羅針盤」とあります。
説明書には以下、書かれてあります。抜粋いたします。

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私はこの研究のために三十年近く、生命と大自然の因果関係を科学的、物理的に研究し非常に電気に関係深いことを発見した。
それが総てエネルギーの循環によって規則正しい変化を持続している。
私たちも大自然界に生存する以上その法則に従って生命を保ち
私たちの「絶対位置」は、自分の生まれた年月日でありこの世における宿命はこの生年月日が総て知っている。
年月日の「陰性」「中性」「陽性」を知って自分の生まれた日より始まる宿命の春夏秋冬は自分自体のリズムであり、リズムの中で常に因果関係が作られ苦楽が生ずるのである。
大自然の法則と生年月日を根本にして、人生の羅針盤を作り、その羅針盤が私たちの過去、現在、将来を指している。
外国人、日本人総てに指針は合致し、その正しさを多数実証している。
(抜粋は以上)
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まず自分の生まれた年(西暦)・月・日の数字をそれぞれ数の根本である、1~9の数に置き換えます。
その置き換えた三つの数字が自分の基本数となります。
また三つの基本数を加算して根本数に置き換えた一桁の数字が自分の持つ絶対数となります。
たとえば対人関係において相性を見るときに相手側の年月日を合計して一桁の単数に置き換えます。その数字を合成数といいます。
その数字と自分の持っている数字といろいろと比較します。
そのように、生年月日・年齢・当年・絶対数・対象の合成数の陰・中・陽を確認します。
対人関係以外には電話番号とか、住んでいる土地についている地番、持ち物でも相性を判断することができます。
一時は自分との相性を知ることに興味ありましたが、今は全然、興味ありません。
先に書きましたように、たまたま先日コメントで少しふれたので、羅針盤を思い出しました。

ちなみに私の基本数は、8・7・2です。そして絶対数が8です。
家内の基本数は、8・7・6です。絶対数が3です。
娘の基本数は、8・7・1です。絶対数が7です。
息子だけは、まったく違います。私の母親に近い根本数です。
私と家内と娘・・・凄すぎ。笑!
8・7の同属がぴったりそろっています。っつうか、そろいすぎ。
せめて絶対数が同じでなくて良かった。笑
一つ屋根の下で、とっても似たもの同士となっています。
合う、合わないの「相性」というは、この世的な判断ですが、「縁」は前世からのつながりです。
そういう意味で「相性」と「縁」は似ていて非なるものですが、仕方ない。爆! 
これも縁ですね。これは、同属による反発が発生します。だから、かなり悪い状態。笑!
良い時と悪い時が重なりすぎ。笑!
・・・って、以前は一時期、思っていましたが、今では全然気になりません。

宿命は変えることが出来ませんが、運命は自分が変ることで周りも変ります。
そうなると悪い時期に、悪い変化は起きないでしょう。

ところで不思議なのは・・・
もし自分の生まれた月日がよくわからない場合は、(昔はそういうことがあったようです)両親兄弟または子供の生まれた月日により自分のうまれた月日がわかるとか。
驚きです。

ナインボックスの数意(数が持っている秘められた意味)です。
1 真・智慧・科学
2 善・良心
3 美・創造・ユートピア
4 調和・安らぎ・運動
5 勇気・正義・行動力
6 徳・秩序・礼節
7 愛・利他
8 慈悲・繁栄・幸福
9 信・救世

そして自分の三つの根本数が全部違う数字である場合と二つが同じ数字の組み合わせの場合、そして三つとも同じ数字というパターンがあります。
それをパターン別に見ると・・・
三つの数字が一つずつ違う場合は「中道」です。
二つ同じ数字の組み合わせは「過剰」です。
三つが同じ組み合わせの場合は「超過剰」とあります。汗!
たとえば、生年月日が1970年8月8日など。これは8が三つ。

そのパターンの具体的な数意は、ここではひかえさせて頂きます。

なお、羅針盤の数意による意味解釈などは、いろいろとあるようです。
どれが本当なのか分からなくなっちゃいます。笑!
どれが本当というより、結局どれも同じかも。


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P1000334.jpg

この花の名前は知りませんが、陽に照らされると紫の花弁がすごく艶が出て輝いています。
雨に濡れた姿も綺麗でした。



P1000332.jpg

だんだんと色があせてきたアジサイ。
そして、ぜんぜん動こうとしない、この二匹。ちょっと気味悪い。爆!



P1000337.jpg

サトイモの葉に溜まった水滴、というより水。誰でもそうだっただろうと思いますが
小さい頃は葉の上で水をころころさせて遊びました。今はしませんが。爆!





タグ : 人生の羅針盤



[ 2008/06/17 23:10 ] 随 想 | TB(0) | CM(21)

一番弟子だった方 

仕事の合間にちょっと手が空いていたので、鍵付きのロッカーに私が所有している高橋信次先生関連のカセットテープを整理していました。
その中に懐かしいカセットテープがありました。そして懐かしい手紙。
高橋信次先生に一番最初に弟子入りされた、村上宥快和尚の講演テープです。
高橋信次先生ご帰天後は既述している通り、GLAは大きく分裂しました。
その後、村上和尚さんは独自に会を作られて法を説かれました。その頃の講演テープです。
私はその会には何も関連していません。
その数本の講演テープは和尚さんの奥様から頂きました。

平成8年のことです。
その当時は、もう既に和尚さんは帰天されてあります。
村上和尚さんが執筆された「調和への道」と「心と行い」の二冊に感銘を受け、読み終えてさっそく、東京の高田馬場にある「観音寺」に電話しました。
電話に出られたのは奥様でした。
村上和尚さんのこと、そしてご著書のこと、また法のことなどをいろいろと伺いました。
初めて奥様にお電話した時に、私の中で感じるものがあったので、何度かそれ以降、お電話で会話させて頂きました。
だいぶ前のことで覚えていませんが、何度くらい奥様へ、お電話したんだろう。
そして往復5回、お手紙のやり取りもありました。
その5通の手紙は今も大事に残しております。心のこもった美しい文字です。
正法は、派手な教えではないので焦らずゆっくり長く精進されてください、というようなことも書いて頂いております。
また村上和尚さんの講演テープ以外に、和尚さんの写真が三枚、手紙に添えられていたことがありました。
紹介しております写真は、その中の一枚です。
それからちょうど仕事が忙しい時期に入り、以後、奥様へは何も連絡はしておりません。すっかり忘れておりました。

そして、たまたま前記事で「羅針盤」のことを書いていたので、そして手紙も出てきたので当時の奥様とのやりとりを思いだしながら書いています。
ということで、「羅針盤」に関連した内容を、村上和尚さんの著作の中から抜粋させて頂きます。
もし、ご興味ございましたらご覧下さい。
私の手元に著書「調和への道」が数冊、予備として保存しています。
抜粋だけを読まれて、その著書の全容をお知りになりたい方がありましたら、ご連絡ください。
連絡はメールでお願いします。本を送付させていただきます。
また、村上和尚さんの講演にも興味ございましたら併せて連絡いただければお送りいたします。私の手元にだけ置いていても、もったいないです。




当時、奥様はご高齢でした。
あれから12年も過ぎています。
あの頃はありがとうございました。
今も奥様はご健在でお過ごしなのでしょうか。




:::::::::::::::::::::::::::


本日19日の午前中まで問い合わせをして頂いた方、ありがとうございました。
メールでは熱心な方ばかりで嬉しさと驚きでした。
「調和への道」は私が予備として保存している分は、あと二冊のみとなりました。
後日、私からメール返信と共に発送いたします。著書またはCDは進呈いたします。
送料だけのご負担(着払い)をお願いします。今しばらくお待ちください。
今後、お問い合わせの方がございましたら、残りの二冊は進呈ではなく
「貸し出し」ということに致します。ご了承ください。


【上記、貸し出しは現在は終了いたしました】


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村上和尚
観音寺庫裏で。柔和なお姿の村上宥快氏



村上宥快著 「調和への道」より
九章 恩師との出会い

一大転機をもたらせた「人生の羅針盤」

印度仏蹟巡拝の旅を終え、半年程は映写機を持ち報告を兼ねて飛び歩いていた。
それ以後になって私の心に心境の変化を覚えた。私の心の奥で〃お前が五十歳になると心に大きな転機が起るであろう〃という声が聞こえてくる。自分自身の声ではないようだが、未だ且つてこんな現象体験はなかった。
全く信じ難い実情であった。何故五十歳なんだろう? 道を求めて、仏道に帰依して三十五年あまり、既に修行をするには肉体的にも限界を過ぎ、断食の修行では三七、二一日を三度も修したが、正覚への道は遠く、やがて五十路に足をふみかけてしまったのである。今生では求法も可能性から見放されたような気持になって来た。求聞持の法にしても、壱百日はかかるし、前後の行法を併せると、一年の日時は要する。焦りと断念しか考えられなくなっていた折だった。
はて、声なき声の主は一体なんだろう。薄気味が悪いがどういうものか、しかし、悪感情はなさそうにも想えるのであった。
私は家内ともう一人弟子にこの実情を打ちあけた。身辺にもしものことがあると困ると思ったからであるが、それから一年は、何事もなくまたたく間に過ぎて行った。
この頃私は既に悟りということから見放され、今生という人生を自覚することを半ば、断念とも、諦めともつかない心の中に、一線を引くことになるかも知れないと想ったことが度々ある。
そんな観念の中で声なき声は、あたかも暁にはばたく鳥のような心にも似て、明るい希望が招来されるかの如く蘇ってくるのである。転機、それは一体どんな転機なのか?
或日花埃りの強い戸山ヶ原の黄塵が、廊下を一面に覆った日であった。中玄関に客のあるのが聞えた。妻が応待に出て、盛んに対談をしているのが、私の居間から聞える。二十分程して妻は円盤型の平たい器物を持って来て、これは大変重宝なものです、と言った。人の生年月日で、その浮沈や生命の流れが判るのだという。一個二千円程だから買って置いた方がいいのではないかと、私に勧めるのであった。私は半信半疑ながら、何故か興味が湧いてきた。そして、そんな便利なものなら買っておいたらよい、と言った。私も玄関先まで出ていって、セールスの男に会った。押売りには見えない、五十路を半ば過ぎたかと思える身なりもきちんとして背広を正しく着込んで何処から見ても紳士然としている。髪の毛は一寸薄くはなっているが、七三に分け、口のきき方も賎しくはない。やがてこの男はおもむろに器物をとり出し使い方の説明を始めた。こちらで自分の知っている人の実例を掲げて、聞いてみたが大体適中するのに驚くと共に半ばうっとりとしてしまう程強く引きつけられてしまった。
遂に居間に案内して、早速使用方法の実例を聞いてみた。全く面白いようによく当たるのであった。この器物に「人生の羅針盤」という名称のパンフレットがついていた。
人生の羅針盤のことからこの男は足繁く来るようになり、その後は昼食など一緒にして私も人生の伴侶と思うほどこの羅針盤に信をおくようになってきた。しかし、この男は慣れるに随って寸借をするようになり、九月頃になると足が止った。十月が最後に消息を断ったのである。
この男は佐野守禅といって、伊豆のさる寺の後継者だったが、身を持崩して野に降ったという話であった。
私はこの不思議な羅針盤の研究を根本的に続けたかったので、寸借されたことなど余り気にはしなかった。


恩師との衝撃的な出会い

十一月頃になると止むに止まれぬ気持が涌くようになってきた。そこで羅針盤のパンフレットを探し始めた。パンフレットの奥付に、発明者の名前が書いてあったはずだが、何処にいったのか見当らない。本棚の隅、箪笥の中、天井裏、物置きの中、家の中は畳の下まで剥いで見たがどうしても見当らない。そして、探し求めて三ヵ月が過ぎた。何気なく茶の間の箪笥の引出しを開けると敷紙の下から、見覚えのあるクリーム色の小誌が出て来た。その時の喜びは、とても筆舌に尽くし難いものであった。
まぎれもなく発明者の住所と氏名が燦然と輝きわたっている。これだこれだと、妻に告げた。
胸のときめきを押えながら、〃高橋信次〃この人だ。大田区大森西三―四―四、早速電話帳を繰って番号を調べた。夢中になって何かに憑かれたように、電話をした。「高橋様ですか」と言うと、すぐに答えが返ってきた。「高橋信次です」その声音は全く慈悲に満ちあふれた音量であった。
実は先生の羅針盤についてお伺いいたしたいのですが、というと、先生は待っていたと言わんばかりの応答だった。先生のご都合をお聞きして是非ご指導を仰ぎたいと申し上げると、快諾されたのである。何故かこの時の感情は異様なときめきと、来るものが来たという胸の中の思いが吹っきれたようであった。
二月になって気候もゆるみ、粉糠雨の降る日、妻と二人で先生のお宅を訪ねた。
この時妻は今の観音寺を救う人は、此の人をおいて外にいないというのであった。不思議な発言をしていたものである。案の定その通りになった。
立合川の川岸の近くは住居と街工場のある街並であった。
二階の応接室に通された。先生自ら案内をしてくれた。ソファーがあった。余り立派なものとはいえない。この洋間に製図盤がひっそりと部屋を占めていた。直ぐエンジニアであることが分かった。
私も自己紹介をして、観音寺という寺の住職であることを申し上げた。年の頃は私より十歳ほど下であることを知った。妻も何か物凄く人懐しく思ったようだ。直ぐに十年の知己のような感じになった。これが後になって釈迦の再来であられるなど思いもよらなかった。
暫く経って人生の羅針盤の話になった。佐野守禅氏の話になったが、彼は消息を絶った時既にこの世を去っていたということだった。
高橋信次先生のお話では、羅針盤を二、三百個売り喰いされたとのことだった。
私にしてみれば大変な恩人である。正法に結びつけてくれた掛け替えのない人だった。
何がしあわせとなるかは分からぬものである。この後一ヵ月に一度、或いは隔月位に先生のもとに足を運ぶようになった。
翌年もまたこの人生論を科学化して勉強が続いた。自然科学の中の人生の心を教えられてきた。
この人生の羅針盤とは、私達にとって、最も身近な天体である太陽系の中の月と地球と太陽を指している。
私達人間はその肉体という生命は誰しも生まれた年と月と日、この関係、即ち生年月日に起因している。その生年月日に基づく何かの仕組みが存在することを薄々感づいていた。
人間は、人生の摂理の中で生きているのである。これが人生の自覚、悟りへの道を知らず知らず歩んでいたことに、私はまだ気付かなかったのである。

以上



タグ : 人生の羅針盤



[ 2008/06/18 15:34 ] 随 想 | TB(0) | CM(11)
  1. ..
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