内気功日記 12 

今日の内気功の練習についてです。
練習の合間の体を休める、ちょっとした休憩中の雑談で日本と韓国の異なる点、たとえば家族構成や慣習についていろいろ、習っている皆さんと金先生そして金先生の奥様と質問を交えながら面白い話しがありました。
話しが面白くて、いつもより話に時間をもっていかれました。
習っている者同士は、これまで名前の自己紹介もなく、普段は練習のみで、全体でお互いのコミュニケーションをとることもなかったので、良かったなぁ、と思いました。

練習の最後にいつも通り、来月からの練習コースを記したプリントを配られました。
そして次回の練習は、
「内気功の動作をしながら、瞑想と反省(内観)を体験してみましょう」ということでした。

初心者であるのに、それは高度なレベルにも感じますが、どんな指導があるのか楽しみです!
プリントには「内観療法の紹介」とあり、それを基に金先生は経験談も交えてお話しがありました。
資料としては、内観とは 他に フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 等をご参照下さい。
あるお医者さんで人の死に立ち会ったとき、統計的には人間は死を迎える直前の言葉は、
「あの人には感謝の言葉もなかった」とか
「あー、あの人には申し訳ないことをしてきた、誤らなくては・・・」など
後悔の言葉を残して、死する人が多いそうです。
後悔しても死が目前に迫ったその人は、どうすることもできません。
体が自由な内に、思い残す後悔は無くしたいものです。
そういうこともあり医療界でも取り上げられている、というお話でした。

また金先生は以前、内気功を韓国で学習中に、瞑想にも3年ぐらい特化して練習されていたそうです。
瞑想していると内面から湧いてくるものがあり、それを当時の先生に指導を受けられてあり、その指導を受けられた内容は特殊なもので、そのまま金先生の体験を私たちに紹介することは難しいそうです。
ところが日本には「内観療法」があり、しかもそれは金先生が生徒の頃に受けられた瞑想指導に似通っており、また体系だっているので金先生が内気功に取り入れ、紹介した旨お話しされました。

それに関連して、中国は「陰」と「陽」があり、この場合に陰は「心の内面」であり、陽は「行為」である、と仰られました。
反省(内観)により内面を変えて、そして行為に現わして、今までの自分と違う自分を作ることの大切さも話されました。
こういうお話は、自分が大好きな話しです。食い入る様に聞いていました。(笑

次回の練習では、それぞれが誰かを決めて
「していただいたこと」
「して返したこと」
「迷惑をかけたこと」
について内気功を行いながら、問うていくそうです。

やっぱり、ここでも瞑想には反省を切り離せません。
この「内観」は、高橋信次先生の反省指導と似たところがあり、詳しく書きませんが、高橋信次先生は当時、内観療法を開発した吉本伊信氏へ、好意的な内容の書簡を送られたことがある、と聞いています。

タグ : 吉本伊信氏の内観法



[ 2007/06/26 18:46 ] 気 功 | TB(0) | CM(14)

反 省 

ゴーダマ・ブッダ(お釈迦様)が指導していた瞑想(禅定)に付いて、高橋信次先生の講演から聞いたり高橋信次先生の本で読んだことも含めて、自分がやっていることを書いてみます。

瞑想には、瞑想に入る深さにより段階があるそうです。
第一段階から第九段階まで。
第一段階は、反省です。
第二段階は、反省後の心を鎮める、心の統一です。
第三段階は、守護霊・指導霊との交流がはじまり、
第四段階で、守護霊・指導霊との対話になるそうです。

このような区別は、反省を重ねて、心の曇りを払い、日常生活に反省の結果、智慧と勇気と努力で改めることを行うことによって理解されてくるそうです。
その後、第五、第六、第七(結果どうなるのか詳細は知りません)と上にあがって行くそうですが第六段階まで行く人はかなり限られてくるそうです。
第八段階は如来の瞑想であり、座していながら外界の動きが手に取るように分かってくるそうです。第九段階は、お釈迦様レベルの瞑想だそうです。
この段階は過去世の修行を多く積み、神と直接交流できた人のみの境地だとか・・・。だから余人は近づけない。
過去世の修行により、また今世で徳を積むことによっては第六段階までは上がられるそうです。

以前に書いたものと重複していますが、第一段階の反省の瞑想方法です。
反省の瞑想は瞼を軽く閉じ、瞼の中の眼は真っすぐ前方を見つめます。
瞼を閉じると大抵はねむけを催し、反省が思うようにいきません。そうならないために中の眼は前方を見つめるようにします。意識をしっかり定めるためです。
どうしても反省に集中できないという場合は、瞼を軽くあけて、座している少し前方に視点を定めて反省するようにしたら、ねむけは解消できます。
で、慣れてきたら再び眼を閉じて、瞑想の反省に入っていきます。

正道にもとづいた反省をしている時は、守護・指導霊が近くに来ており、本人を守っているので魔の入る隙はないそうです。

第一段階の反省もせずに、いきなり雑念を払う瞑想の習慣が身につくと、心がゆがんだままである場合は、無念無想の心がカラッポになったときに、それに比例した霊に憑依されることがあるそうです。時には動物霊に憑依されて狐狸(やこ)禅状態になることもあるとか・・・。
心がゆがんだまま、ただ座禅をすれば悟れるということで瞑想の行を積むうちに魔に犯され、精神分裂や肉体的な欠陥に悩む者がでてくるのは、そのためだそうです。
心のゆがみは「意」である自分の意思、考え方や思い方が五官(眼・耳・鼻・舌・身)に基づいて偏りがあるからおこってしまいます。
苦しみや悲しみの原因は、すべてこうした心のひずみがつくっていきます。
心が丸く豊かであれば、心は安らぎ、不動の自分を見出すことが出来るそうです。

人格を形成する心と行為の問題も、反省を通じてつちかわれ、安らぎある自分を見つけることが出来ると思います。
反省は、必ずしも瞑想でのみばかりではなく、いつ、どこにいても、トイレとか風呂場でも散歩しながらでも可能です。
そして夜、寝る前とか朝起きた時の布団の中で・・・。仕事の合間に。
ただ、瞑想による反省というのは反省の中身をより深くし、充実したものになるとあります。
私は瞑想の姿勢で反省する、というよりも普通に事務イスに座って、腕組みしてやることが多いです。笑!
瞑想の姿勢で反省する場合は、「まとめ」 にはいる場合などです。そして反省したことに対して自問自答したり、何か判断がつかないときには自分の内面に疑問を投げかけます。

人によっては静かに瞑想して反省することより、雑踏の中の方が集中できる人もあると思います。学校に通っている頃の家庭学習と同じです。静かな一人部屋で勉強をするよりも、ヘッドフォンをつけて軽い音楽を聴きながらとか、お茶の間でテレビをつけた状態でやった方が勉強に効果がある人もいます。自分のペースが一番です。

そして反省が進み、反省の結果を行為として現していくと、瞑想の境地がさらに進んでいくそうです。そうなると守護霊との対話が可能となってくるようです。
瞑想三昧の境涯、というのは瞑想の極致を指すそうですが無念無想となって気持ちのよい状態をいうのではないそうです。無念無想は危険極まりない心の空白を意味し、いつ他界者が自分の意識に侵入してくるかわからない。
ですから瞑想中でも自分を失ってはならないと言ってあります。


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ところで、昨年の11月初旬ごろ、内観道場の一日体験をしてきました。
それについて少しばかり書いてみたいと思います。
内観道場は少しは存じていましたが、ほとんど何の前知識もなく、最初に予約のために訪ねました。そこで行われる内観(=反省のことです)は、しっかりした複雑なプログラムがあるとばかり予想していました。
ところが、とても、しっかりした!シンプルな方法です。
以下リンク先に道場で頂いた冊子を紹介しております。

悩みの解決法 「内観のすすめ」 

上記ご覧いただけると、お分かりになられると思います。
ただ、ただ、三つの観点で過去の自分と対人関係、出来事をふりかえります。ただ、それだけ。

1. していただいたこと
2. してさしあげたこと
3. 迷惑をかけたこと

最近の私が反省する場合は、この内観法で行っています。冒頭、第一段階の反省です。
というか、内観法を知る前の自分が書いた過去の反省ノートを見ると、その観点でもやっていました。しかし改めてこの内観法の実績を知ったことで、自信!をもって、その反省方法に取り組めます。

この冊子を基にして私なりの内観をすると、なのですが・・・
(注: もちろん私は内観がしっかり出来ている人間ではありません。笑!)
ここで、あえて一つ注意することは、過去をふりかえる内観では、自分とか当時の場面を思い出すときに 「意識」 して客観視しないことです。
(日常の新しい出来事に遭遇!する一瞬一瞬の自分を意識的に客観視することは大切です)
結果的に、自分は自分のことを 「客観的に観ることができた」 という自覚、思えることがここでは大事ではないのかなーと感じます。
つまり客観的に自分を見ようとするところに、すでにその時点で、頭のてっぺんで反省を考えていることにもなります。
もちろん頭を使いますが、内観法は頭で判断するものとはちょっと違います。過去の出来事を思い出した分だけを当時の自分の感情を抜いて三つの観点で、ただ眺めるだけ。何かを意識して考えることなどはありません。調べたその結果、自分で深い気付きが出てきます。
感謝の心とか、とっても申し訳ない気持ちとかが、ジーンと熱い涙と共に胸から湧いてきます。
こういう反省体験は、なにも 「瞑想による反省」 とか「内観法」という、かしこまった!態度ではなくても、誰しも経験があることかと思います。
内観(=反省)は、そういう想いを自分から能動的に取り入れる方法!でもあります。

反省は云うまでもなく心を浄化するために事の原因と結果を探り、悔い改めること。原因の根を捨てることです。それは自分のクセとか根性・・・つまり 「己を知る」 ということにつながります。また感謝の心を育むことでもあろうかと思います。

ただし、内観法では上記、瞑想の第二段階の反省後の心を鎮める、心の統一以降については教えていません。第一段階のみです。
内観法は宗教色!!抜き、です!

それにしても、相手に対して迷惑をかけたことが、どれだけ多いか改めて感じさせられます。
それは、わがままで自己中心的な自分。なかなか、これが直らない。汗!
「していただいたこと」 に対して、ありがたみを覚えなかったこと、たくさんあります。
してもらって当然だ、と思う心。それは義務だろ、という思いには、感謝の心が芽生える余地はありません。
自分が無償の気持ちで 「してさしあげたこと」 または奉仕の行為が如何に少ないか・・・。

内観道場に訪ねて来る人には、トラウマなどを抱えた、うつ病の方もあります。
過去の出来事が苦しくて精神的に病になっている人に 「反省」 させたら、ふつうは、よけいひどくなると考えてしまいます。
ところが内観法の三つの観点で過去の出来事をふりかえると、うつ病が治ってしまいます。
しかしながら、うつ病の方がこの冊子を読んで、あるいは身内の方がこの冊子だけで内観法を指導されたら非常に危険が伴います。うつ病の方は自分で独自に内観するよりも内観道場に行かれることを私は勧めます。

長文をご覧頂きまして、ありがとうございました。


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私の職場で、かわいがっている!ハエトリ草です。
若い葉は刺激を受けたら閉じるタイミングが早い!葉が古くなると閉じるのが遅くなります。笑!
中央に小さな丸い蕾が少しだけ見えています。
去年は食虫植物とは思えない!白い可愛い花を咲かせました。
今年も花が楽しみです。
私は小学生の頃、刺激で動く草を知って不思議感で興味がありました。オジギソウとかもね。




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[ 2008/04/23 21:33 ] 瞑 想 | TB(0) | コメント(-)

It was all for myself. 

久しぶりに記事更新です。
今年は初夏に五十歳を迎えました。大げさかもしれませんが、これまでの過ぎし日とか今に至る境涯を少しばかり振り返ってみると、大きな節目をなんとなく感じています。


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ともあれ、最近は夜中とか、隙間時間などを利用して、「反省のかなめ」を読み返し、また、信次先生の反省の仕方に関したお話の収録も並行して聞くなど、内観の方法も改めて読んで、再度少しずつ自分の過去を振り返りながら、禅定・瞑想をしています。

実家から自動車で約10分の距離にして、瞑想にはもってこいの場所を今年の夏ごろにみつけました。
深い山間の中に浅い谷川があり、その川の流れの渦中に、大きくしっかりとした石があります。その石の上部は平らになっていて、禅定として座るのにちょうどいい石です。そこに座ると前面には段々畑の水田が見えます。川の左右にはちょっとした滝があり、目を閉じると両脇の滝の音がステレオのようになって左右の耳から心地よく聞こえてきます。
夜になると真っ暗闇になり昼間よりも禅定に集中できます。(禅定は、ほとんど眼を閉じているから夜も昼もあまり関係がありませんが・・・)
先日の昼間の事ですが、段々畑がある対岸に野生イノシシの親子を見ました。母親イノシシと六匹の小さな可愛いウリ坊が連れ立って散歩していました! 初めて見ました。
こんなのは珍しいなぁーと思いながら眺めていたら、私が目の前の対岸にいることに母親イノシシが気付いて、ブヒィ~と一声鳴きながら一目散に木々の間の茂みに逃げられました。母親イノシシの逃げ足の速いこと。子イノシシたちは何で母親イノシシが猛ダッシュしたのかが分からないみたいで、一瞬置いてきぼりみたいになっていました!!
そんな大自然の中に身を置くと心から癒されます。







タグ : 吉本伊信氏の内観法



[ 2011/11/29 22:48 ] 随 想 | トラックバック(-) | コメント(-)

内観法 

人は誰しも物心がつき始めた頃から、理性の分野の芽生えと発達と共に、状況や必要性に応じて、過ちに気付いたら謝罪のために、あるいは自分自身をより伸ばすために反省を行っています。周囲の方々との関わり合いを通じて、ごく自然に、あるいは意識しながらもあるでしょう。
その反省基準は、人それぞれに程度とか質による差が生じて、個の個性を作り出している元でもあると思います。

反省といえば、吉本伊信氏の内観法があります。以前にご紹介させていただきました。
でも、内観法に取り組んだ結果、小悟(ある意味で、気付き)の覚醒があっても大悟は存在しないでしょう。内観法は、信次先生による釈迦の説かれた八つの規範の内の正定とはまったく異質だからです。神の概念とか、この世とあの世で広く満たされている基準である諸法が説かれてありません。
信次先生は、心を浄化するために過去の自分を振り返る場合の反省・禅定の入り口に立つための手助けというか、捉え方の一つとして、たびたび内観の手法を例にあげて講演会や研修会、著者の中で示されてあります。皆さまも信次先生のご講演をお聞きになり、その点はご存知だろうと思いますが、機会がありましたなら後日あらためてご紹介させて頂きます。

そのような信次先生の話により、内観には関心がありました。
たまたま以前の職場近くの、小さな川を隔てた目と鼻のさきに内観道場が在ることを知り、実際に私自身もわずか一日間だけでしたが体験してきました。本来は少なくとも一週間座っているそうなのですが、無理をお願いしましたが、心よく受け入れて頂きました。
内観法を理解する上では貴重な体験でした。

悩みを抱えた人が、悩み解決のために内観法に取り組み、結果を出された方の共通している点では、噴き出すかのごとく自身の奥から純粋に自然と発する感謝ということに気付かれてあります。
たとえば、感謝しなければ良くない、感謝するのが当然だ・・・など、自己暗示とか理屈が介入する、いわば頭で操作する感謝の心とは違います。

それは過去に自分との関わりがあった方々に対して調べあげていく結果、忘れていた記憶の中から細かい部分が次第に浮き上がり、もう、どうにもならないほどの涙とともに心からの感謝が足りなかった自分を発見していきます。
特別なできごとだけではなく、なにげない日常の日ごろから当たり前だと思えるような出来事に対してでも、していただいたことに対して、とても有り難いことだったんだと、しみじみ気付いた時に心の中からその恩を何らかの形でお返しをしたい、という報いの願いが自然と湧いてきます。

内観法は、たとえ精神的な躁鬱病が進行中であっても有効です。躁鬱が治ります。
普通は、躁鬱の人に一般的にいう反省でもさせたら、感情ばかりが前面に出て、自分に対してよけいに批判的になり、あるいは攻撃的になり逆効果であり危険です。
いわゆる反省と内観。似て非なるその差は大きいものです。


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ところで、このようなことがありました。
ゆきのひとりごとに置いているメールボックスに問い合わせを頂き、昨年の秋頃に岐阜県にお住まいであるその方のご自宅に訪問させて頂いた時のことです。
そのときの談話の一つですが、その方の奥様が、私と同じく内観道場での体験があったと話してくださいました。
共通体験なので理解も同じだろうと興味を抱いて聞かせて頂きました。
ところが、内観法を否定されていました。どうしてなんだろうと話を伺うと、内観を受ける前とその後にも詳しい説明をしてもらえないで厳しく苦い体験のままだけで一週間の内観を終えられたようです。

そこでは反省ではなく、ただ思い出すだけ。
さらに、親から押し付けられて内観にきた小さな子どもさんに対して、道場側が虐待扱いをしているのを目の当たりにされたようです。

ただ思い出すだけ…
その通りには違いありませんが、思い出すだけで終始するのではありません。
それに虐待なんて、とんでもない。
もし私自身がその方と同じ道場に通ったとしたら、同じく私も内観を否定していたでしょう。

そのようなことを聞いて私は驚きました。
それらのお話のあと、私の体験談を話させて頂きました。すると、その否定されていた思いは少しばかり払拭されたようです。


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私は道場での内観後、道場宛に内観の感想文を書きました。
自身の反省の中身に関わることなので具体的な感想内容は述べませんが、母親に対して、当時はあたりまえに考えていたことが本当はそうでは無かったということを、道場で少しばかりですが気付かせて頂きました。そのときに、心の奥の曇りのない空間みたいなところから反応があり、その直後に、いつの間にか自然に流れた涙がありました。それから後には母親に対するこれまでの思い方とか接し方が徐々に変わっていました。今もまだまだ親不孝もんですが!
道場の先生は私の感想文を読まれて、体験を通して私がまだ気付いていなかった押さえ所を教えて頂きました。
また、戴いた内観の小冊子を夢中になって読んで、方法についての疑問を持って、とことん何度か訪ねると親切に分かりやすく教えて頂きました。
現在は道場とは途絶えていますが。

当時の私がそのような経過を経て理解したことと、その方が体験されて理解されていた内容に大変なギャップがありました。
同じ内観道場であっても、道場の指導者の力量の差は大きいものでした。





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[ 2011/12/02 21:25 ] 随 想 | トラックバック(-) | コメント(-)

信次先生ご真蹟の吉本伊信先生への書状 

今般掲載しております内容は、先日このブログを通じて、東京在住のNさんと福岡市内にてお会いすることがありました。お話しの中で吉本先生の話題を提示しましたところ、ご好意により後日郵送してくださった「信次先生の書状」を紹介致します。この場で紹介させて頂くことについては、Nさんから快諾をいただきました。

NさんはGLA総合本部で学ばれてありました。しかし信次先生ご帰天後は総合本部から離れられました。そして、反省の場を求めて奈良の内観道場へ行った折に、主宰の吉本伊信先生からこの書状の写しを頂いたそうです。
当時の道場では、信次先生の「内観」についての肉声テープを聞かせていただいたそうです。正座して拝聴したことを思い出した、とのことです。

信次先生は当時、GLAの会員たちの一部の方が反省の場と反省の方法を求めて内観道場に行かれたことに対して、内観法を開発した吉本伊信先生へ好意的な内容の書簡を送られたことがある、と複数の方から私は聞いていましたが、実際にこのようにして、その書状そのものを拝読させていただきますと、信次先生は吉本伊信先生に対して、それだけではなく反省方法のご指導も含めて、敬意も払ってあります。
信次先生のご講演では、毎回必ず反省の重要性について説かれてあります。その反省の方法は換言すれば、すなわち内観法である、とも言えます。それが、この書状にてはっきりと証明されております。
初歩の方のための、内観の基本的な取り組み方の冊子を以前に紹介させて頂いておりますが、信次先生がご講演で述べてある反省の方法と、さらに内観法と併せて、この記事をご覧頂いてある皆様の実践の参考になるならば、この上なく嬉しく思います。

それでは書状(サムネイル画像をクリックしたら拡大します)をご紹介致します。
そして貴重な書状をお送りいただきましたNさんに感謝申し上げます。


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以下、吉本伊信先生より
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1 信次先生ご真蹟の吉本伊信先生への書状 (2)
昭和四十九年頃、高橋信次先生より頂いた御真蹟のお手紙がありました。
お釈迦様、キリスト様の御再来と仰がれていらっしゃる高橋先生より頂いた尊いお便りを私独りが占有していたのでは勿体ないと考え、GLAの信者さんにも味わってほしいと思いコピーさせてもらいました。
偉大な高橋信次先生の徳を偲んで。
昭和五十二年二月十二日    吉本伊信

縮小 吉本先生 信次先生ご真蹟の吉本伊信先生への書状 (1)


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以下、高橋信次先生
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
2-1 信次先生ご真蹟の吉本伊信先生への書状 (1)
2-2 信次先生ご真蹟の吉本伊信先生への書状 (2)
こんにちは。さっそく御便り有難うございました。
偉大なる悟りの著書の中で、ブッタが悟るまでの過程において、心の中の不調和な想念のくもりを除くためには八つの片寄らない正しい心と行いの物差しで、過ぎ去った過去の反省をして誤りを正し、生れて来た時の丸い豊かな心に戻し、更に今までの人生における思念と行為を土台にして、中道の法に即した人生を送り、人心救済の一生を送ったのです。
心の中につめ込まれている不調和な想念と行為を修正・反省・懺悔しない限り、転生の過程において「業」(ごう・かるま)となって悪い歪をつくり出してしまうものです。
先生の説かれている内観も、心の歪を修正するためのものであり、まったく同じ形態で自己を見つめており、特に記憶の面で不調の時は、胎内から現在まで十年ぐらいの区分をつけて反省をさせ、本人の体から後光が出る所まで。
性格は自分の生れた環境・教育・思想・習慣を通してつくられるとともに、転生の過程において犯した過ちを正す結果にもなって行くものです。
すなわち、業の修正といえましょう。
神は、私達に反省の機会を与えて下さいました。
過ちは改むるに、はばかることなかれ、と。
他の宗教は他力であり、禅定も自らの心の曇りを除くことなく実践するために、地獄霊に憑依されてしまうのです。
正しく自己を改造するためには、先生の教えは正道といえます。
私も八正道を心の物差し、行いの物差しとして精進し、多くの人々の心と行いの指導をして行きます。
どうぞ先生も、お体に気をつけて、多くの人々に心の歪を除き、良き機会をつくるために頑張って下さい。
有難う御座居ました。
   一月三十一日
        高橋信次
吉本先生

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
以下、さらにもう一通、信次先生の書状です。
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3-1 信次先生ご真蹟の吉本伊信先生への書状 (1)
3-2 信次先生ご真蹟の吉本伊信先生への書状
3-3 信次先生ご真蹟の吉本伊信先生への書状
謹啓
御便り及びカセット、有難う御座居ました。
先生の教えは正しいものであり、心の歪を除くためには、それ以外にはないからです。
人は誰も間違いを犯すもの。その間違いを反省し、その物差しが、八正道をフィルターにして私達は心の歪を除きます。
生れる胎内から、現在までをしっかりと反省し、また自分の思ったこと、行ったことの一つひとつをふり返り、間違いを正す方法で心と行を浄化致しております。
荒削りの反省から、さらに細かい反省までして、だんだん心が浄化されると、光明に満たされて行くものでしょう。
さらに、相手の思っていること、考えていること、行っていることなど、その人の心の中に入って間違いを指摘することもあります。
あるいは、本人の守護霊や指導霊から、即座に相手の性格や生活の姿なども参考に聴き、指導する場合もあります。
その点、先生の内観は正しい心をつくるために最も大事なことであり、神想観とか禅などをやっている人々の中に気違いになってしまうのも、反省の物差しを持たないで内観しないからです。
私は絶対的に、反省と瞑想の順位を逆に教えてはおりません。
心の中に散らかっている、ちりやほこりを掃除しないで美しくならないからです。
鉄の銹(※銹=赤さびを意味しています)も同じでしょう。銹を除かないで塗装すれば、必ずはがれて銹びます。
テープの件は、どうぞ新しく先生を尋ねられる求心者にお願い致します。
一人でも多くの人々に、真の人間性を知ってもらうためにも――。
今後ともよろしくお願い致します。
有難うございました。テープは録音次第送ります。
   昭和四十九年二月七日
            高橋信次
吉本先生


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私は九州の佐賀に在住しております。(佐賀といっても、すぐ隣街は久留米市ですが)
信次先生が指導された反省と禅定を基にして、ともに神理を学ぶ同志を若干名募っております。
ご関心がありましたなら、メールをお待ちいたしております。

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テーマ : 高橋信次 - ジャンル : 心と身体

タグ : 吉本伊信氏の内観法



[ 2017/09/06 23:36 ] 随 想 | トラックバック(-) | CM(0)

高橋信次先生の内観道場へのメッセージ 

以前に記事掲載させて頂きました、信次先生ご真蹟の吉本伊信先生への書状 の文中に、東京在住のNさんが、その当時の内観道場では信次先生の「内観」についての肉声テープを聞かせていただき、正座して拝聴したことを思い出した、と述懐されていた内容をご紹介致しました。
前述のNさんが持ち物の整理中に、保管してあったその肉声カセットテープが出て来たとのことで、さっそく私の許にお送り頂きました。
その信次先生の肉声カセットテープを、この度ご紹介させて頂きます。

高橋信次先生、内観道場へのメッセージ
収録時間:約62分

以下、収録内容筆起


テーマ : 高橋信次 - ジャンル : 心と身体

タグ : 吉本伊信氏の内観法



[ 2018/10/25 11:36 ] 随 想 | TB(0) | CM(0)
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