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花の精 1  「蘭の花に思いを寄せて・・・」  

ぷりんちゃんが撮影された蘭のきれいな花を見て、過去に読んでいた「蘭の花の精」を思い出しました。
実際に花の精が見えたら、今まで何とも思っていなかった道路わきに咲いている花さえも愛しく感じるでしょう。
この事実を初めて読んだ時と同じく、今読んでみると自分の胸がキューン!としています。
「梅」「菊」「カトレア」それぞれの花の精との対話です。
花の精へのインタビュー!!と、霊視した時の花の精の姿などが書かれてあります。
花の精の姿が人の姿に似ている理由は、植物が万物の霊長である人間に進化したいと願っている心の現われがその姿となっているそうです。
これを信じる、信じないは各人それぞれだと思います。
ご参考までに。
以下、「月刊GLA誌」から。

「花の精」  高橋信次

草花は四季ごとに自然を飾り色とりどりの衣物を着て、わたしたちにほほえみかけ心に安らぎを与えてくれます。
そして、わたしたちは花に接しほほを近づけ、甘いにおいに笑顔をつくります。
それでも花はだまっています。
誰にもたのまれないで、欲望もなく、いばることもなく、無心に自然を調和させています。
人間も花のように争いのない、平和な国を築きたいものです。

「梅の盆栽」
生まれは中国です。
本来は梅の実に使命があるのですが、わたしたちは花の少ない季節に花を咲かせ皆様の心を和ませております。
梅の実は血液の浄化に役立つのです。
盆栽に育てられたわたしたちも広い場所に育てて頂きたいのです。
狭い所に堪えて生きることは命を縮めるからです。
季節に葉を付けても折角付けた葉を取られますと、つい季節を錯覚してしまうのです。
でも、わたしたちは堪える事が本性ですから命ある限り精一杯花を咲かせます。
花の盛りがすんだら花を取って休ませて下さい。
小さな中に育っているので来る年の花を付ける時に咲き易いのです。

問 : 生け花に際し枝や花を切り捨てる時どんな思いですか。
答 : とても悲しく思いますが、心から楽しく飾って喜んで頂く時はうれしく思います。むげに捨てられる時は大きな悲しみです。
容姿1:奈良朝時代の服装
  2:肩に梅の小枝一本(がついている)
  3:素足にゾーリ
  4:長髪をおさげに(している)
  5:身長50cm位


「菊の精との物語」
中国に生まれ育ったわたしたち。
強い風や砂嵐にも負けず、大地にしっかり根をおろし仲間をふやしてきました。
わたしたちは何事にも堪えることを知っています。
堪えるから希望が生まれるのです。
人間は偉大な創造力と実行力をもっているのに、おろかな人びとが多いですね。
何事にも自己本位にしか物を考えず感謝の心を忘れていますね。
わたしたちは自然のままに生きる事で世の中を美しく飾り、調和とやすらぎの環境を創っています。
それを無情にもむしり取って省みない人がいます。
人間も花のような美しい心になってください。
容姿1:高松塚古墳の壁画にみられるような東洋的な衣装
  2:丸顔の童女
  3:頭上に菊の花一輪。身長約50cm位


「愛のカトレア」
東洋産と西洋産のかけあわせで、人工的につくられたランです。
わたしたちの故郷は南国の島々。
島の若いお嬢さんが恋人と愛をささやくとき、彼女の髪の上に美しく咲いてその愛を見守るのです。
しかし生命の火ははかなく、数時間もたてば無残な姿をさらし、スコールに打たれ朽ちはててしまうのです。
それでも決してくやみません。
また人々との愛の調べと共に花咲く時が来るからです。
わたしたちは、こうして人々と共に地上の楽園を夢みながら生き続けているのです。
容姿1:ドレスの洋装
  2:エリ元にカトレアの花ビラのデザイン
  3:帽子に花一輪(ついている)
  4:身長50cm位

以上。

※そこには、それぞれのかわいい、姿・形を写した挿絵があるのですが、私の手元にあるのは月刊誌を複写されたものですので、写りが綺麗ではありません。
ご紹介できなくて残念です。

そして高橋信次著「心の発見・神理篇」から以下、引用します。

第三章 神の光と八正道 より 植物の精

1969年8月、私が信州の工場へ出張したときのことである。
工場の入り口から右手に、美しい夏の花が咲いていた。
佐久高原の空気は、東京など都市と比較すると別天地の観がある。空ははあくまでも碧く、陽射しは強くきらめいている。いったん日陰に入ると、快い自然の涼しさがある。
私は、草むらに横たわって、グラジオラスやダリヤを眺めていた。すると、ディズニーの漫画によく出てくるような、大人とも子供ともつかない愛らしい少女が、花の中から出てきた。頭上に花を乗せているすらりとした優雅な容姿は、とてもこの世のものとは思われなかった。その少女は、にっこりと私に頭をさげたのである。
「私は花の精でございます。私達は、自然界を色とりどりに彩どり飾って調和の使命を果たしております。皆さまの心に安らぎを与えられますことを喜んでおります。」
私には初めての経験だったが、たとえ植物であっても生命を持っており、この現象界に何らかの目的を持って保存されていることについて、強く心を打たれた。あまりにも現実離れした現象であり、夢でも見ているのではないか、錯覚を起こしているのではないか、と戸惑った。私も体を起こし、その場所で花の精に礼を返した。
【略】
顔もスタイルも人間にそっくりで肌は透き通るように美しい。実在界あの世の人々と違う点は、体が小さいだけで、語ることもしっかりとしている。
【略】
花の精でも「藤」は可愛い青い眼をした少年の姿をしている。「松の木」は老人が多い。また「蝶」にも「魚」にも同様に魂がある。彼らも不滅の魂であり、あの世とこの世との輪廻転生を続けているのである。

以上。

――――――――――――――――――

草木にしても、自分の血や肉となる食物にしても、すべて生命意識を持った存在のようです。
堪えることが本性・・・とあります。
不用意に取ったり、おろそかにできない・・・と考えさせられました。
信次先生のご講演の中で、モノを口にする時、ただ手を合掌して「いただきます」だけではなく、心から感謝の気持ちで頂くこと・・・
という言葉がありました。
無駄にしないこと。おコメ一粒にも生命が宿っていると仰ってあります。

読んで頂いている方の迷惑も省みず、またまたいつも通りの引用ばかりの長文となりました。(汗!

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タグ : 花の精



[ 2007/05/14 17:11 ] 随 想 | TB(0) | CM(17)

花の精 2  「ウソ発見器で反応・・・」 

先月の記事 花の精 1 「蘭の花に思いを寄せて・・・」 で、花とか木には人間と何ら変わりなく、それぞれに個の意識を持った存在であることの引用文を紹介いたしました。
既にご存知のことかと思いますが、例えば Web で バックスター ウソ発見器 などの複数キーワードで検索すると HP とかブログに最近書き込まれた、バックスター氏によるウソ発見器にかけた植物たちの興味深い、様々な反応等の実験結果が出てきます。
ここでは、ずいぶん以前にその件に関して、掲載された記事を紹介させて頂きます。

以下、1971(昭和46年)9月号の月刊 「GLA」 誌から引用させて頂きます。

―――――――――――――――――――――――――――――――

「草木にも心が」 ―― ウソ発見器で、その事実をつきとめる

ニューヨークのマンハッタンにあるウソ発見技術指導学校のクライプ・バックスター校長は、ある日ふと、植物をお手のものの、ウソ発見器にかけたら、どうなるだろうかと考えた。
そこで機械の電極をサボテンの葉につなぎ、なにか生命の危険を与えたら反応があるかもしれない、というこで、サボテンの根元に火をつけてやろうと思った。
ところがそう考えただけで、何もしないうちから発見器のグラフの針が激しくゆれているではないか。
ただの感情だけでなく、人間の心を読む能力もあったのだ。
こうなると人間は、言葉がないはずの植物と会話できることになる。

これは、最近の "毎日中学生新聞"「異常世界に生きた人々」に出ていたお話であるが、このような発見をした1966年2月から、バックスター先生の毎日は植物との「対話」に明け暮れるようになった。

知人の女性からあずかった植木の心が、数時間にわたって激しく動揺したので調べたら、この植木の女主人が丁度この時刻に目的地の空港に着いたことがわかった。
とすれば、着陸する時の緊張した気持ちが、それこそ以心伝心で植物にも伝わった、ということになりだろうか。
それだけではない。バックスター氏が研究所の門をくぐると、屋内にある植物が"喜びの反応"を示す。足音で分かるのか、精神反感(テレパシー)なのか。
そのほか、これまでの実験によると、怒りやねたみの感情まであるらしい。
すべてのものに仏性が在する、と御仏は教えるが、草木に人間並みの喜怒哀楽の感情があったとは・・・。

これは毎日新聞(朝刊)6月30日付の"編集手帳"に掲載された記事である。

草木にも感情があり、心がある、という体験者はGLAには何人かおられる。
GLA4月号に、その体験が A・T さんによって語られている。
毎日新聞の記事は、ウソ発見器という客観的手段を用いて、その事実をつきとめている点が面白い。
しかしウソ発見器に頼るまでもなく、草木に心があるというのは、まぎれもない事実である。
ただ多くの人間が、その事実を知らないだけである。
人間は心をひらくと、動物、植物と自由に会話ができる。
そして彼らは、それを待ち望んでいるのである。
なぜかというと、現代人ほど独善的で、彼らの存在をおびやかしている時代は、少ないからである。

以上

タグ : 花の精



[ 2007/06/05 13:29 ] 随 想 | TB(0) | CM(13)

花の精 3  シクラメン 

これまでいくつかの植物の精をGLAの月刊誌より紹介いたしました。
今回はシクラメンです。
冬のイメージの花なので季節柄ちょっと違いますが・・・。
シクラメンの花の姿を思い出しながら、本当に花の精が見えて、会話ができたら面白いだろうなぁ・・・と、つい想像してしまいました。
寓話の「ききみみ頭巾」みたいです!
見えなくてもいいので、ききみみ頭巾で植物と会話したいなぁー。(笑

以下、1973(昭和48年)2月号の月刊 「GLA」 誌から引用、紹介させて頂きます。

花の精 シクラメン
私達はどこでも咲いています。 
家畜のエサになり、豚の饅頭とさえいわれています。
日の光と水とがあれば、私達は希望を持って子孫を残すことができます。
私達は争いがキライです。自然に適って調和し、人々に安らぎを与えています。

シクラメンは花の上で、にぎやかに舞っています。
足が細く髪の毛は長く赤い。
えり元は花の模様とそっくり。

花の精は何れも可愛い童女です。
姿も人間の形をしていますが、これは人間に対するあこがれから、そうした姿となって現れるのです。
また服装の色も花の色である意識がそうした色彩をしていますので、花の色と同じになるわけです。

さて花の心をきくと、次にように答えてくれました。

人々は耐える事を知りません。
耐えるという事は次ぎへの希望なのです。
花の本質は耐えることです。
花は友情を深め、真実を現わしています。
私達には生に対する執着はありません。
踏まれても、切られても、不服をいいません。
私達は、子孫が残ればそれでいいのです。
日本人は外国の人達に比べると、花を粗末に扱うようです。
この世での生命の火が燃え続けているのに、平気で道端に投げ捨てたり、カラカラになっても、水を与えてくれません。
しかしそれでも与えられた生命の火が消えるまで、生きるのです。
私達の目的は地上にうるおいを与えるためにあります。

以上。


タグ : 花の精



[ 2007/06/22 18:51 ] 随 想 | TB(0) | CM(12)

花の精 4 菊 

これまでいくつかの植物の精をGLAの月刊誌より紹介させて頂きました。
今回は「菊」です。

以下、1973(昭和48年)11月号の月刊 「GLA」 誌から引用、紹介させて頂きます。

私達の先祖は人気のない大地と、果てしなく続く地平線と、空と、土のにおいのする中国で生まれました。
雨は幾日も降らず、強い風が砂塵を舞い上げて迫るときは、草も木も枯れ果てたことが幾度となくありました。
でも私達の先祖は、大地にしっかりと根をおろし、子孫を絶やすことはありませんでした。
私達は他の植物より、風雪に堪えることを学んだのです。
大輪の菊はその雄大な姿を秋の青空に映え、小さな菊は野辺の枯れた花々の中で、美しく咲いてきました。
古来から、中国の人々の間で、食用に、観賞に、薬用にもなって愛されてきました。
時が経つにしたがって、交配する園芸品種が多くなり、日本にも渡来し、江戸菊、嵯峨菊、伊勢菊、管物咲き、厚物咲きなど姿、形をかえ、さまざまな色彩をそえて、人々と共に生きてきました。
遠い祖先が現在の私達の姿を見たら、おそらく、異端者扱いするでしょう。
お前達は誰だ、何んという花だ、どこで生まれ、どうやって生きているのかと。
しかし、私達は人々と共に生き、人びとに愛されるならば、姿、形がどう変わろうとも、少しもいといません。
私達には先祖から受け継いだ丈夫な体と、忍耐と、希望とをもって生きて行く強い意思を、失ってはいないのです。
私達は、友情、真実、高貴の三つを誇りにしています。
そしてこの三つを支えるものは何かといえば、耐えるということです。
私達は片時も忍耐を忘れたことはありません。
・・・菊の精より・・・

以上

タグ : 花の精



[ 2007/08/04 19:59 ] 随 想 | TB(0) | コメント(-)

花の精 5 水仙 

今の季節は、あちこちとスイセンの花がたくさん咲いていますね!
(日本列島縦長なので今咲いているのは、もしかして九州ぐらいかもしれませんが・・・)

先日の日曜日は、支部の遅い!新年会でした。
昼から、どんちゃんでした!笑
その新年会の場を提供いただき、また手作りで美味しい愛のこもった、たくさんのお料理をお世話になりました。
その方の、お家の庭の片隅に咲いていたスイセンです。

新年会の途中、私はちょっと休憩!で、ほろ酔い気分で外へタバコを吸いに出ました。

すると・・・スイセンのすっごく、いい香りが ふわっと漂っていました。
本数は多く咲いていませんでしたが、一つひとつの花から出す香りが強い!

香りに誘われるまま、しばらく花に鼻をつけて納得いくまで!嗅いでいました。
癒されます!! スイセンの花の精にとっては迷惑。爆!

特に香りが強かったのは、この花でした。笑!
咲きたてだったのか、美しい姿でした。


P1000069.jpg


花は、どれも庭の外側を向いています。
下の写真の手前のスイセンが格子から外をのぞいて
ここから出たいっ・・・!と、言っているように感じました。爆

でも、どっかで見た写真、のようなアングル。笑!


P1000073.jpg


まったくセンスのない写真ですが
見て頂いて、ありがとうございまーす。


_/ ̄_/ ̄_/ ̄_/ ̄_/ ̄_/ ̄_/ ̄_/ ̄_/ ̄_/ ̄_/ ̄_/ ̄_/ ̄_/ ̄_/ ̄_/ ̄


久しぶりに花の精シリーズです!

以下、1974(昭和49年)3月号の月刊 「GLA」 誌から引用、紹介させて頂きます。

花の精 水仙

ギリシャ神話ではナルキソスと私達を呼んでいます。
ナルキソスは池の面に映った自分の姿に恋をし、その恋に疲れて一輪のスイセンになったといいます。
古代の人は、他のものに映った自分の姿は自分の魂であり、それは自分のからだから抜け出した死の前兆と考えたようです。
私達の歴史は古く、故郷はヨーロッパです。
地中海沿岸の耐寒性植物が私達の性(さが)といえます。
八重咲き、口紅、ラッパスイセンなど、同族は非常に多いです。
水々しい花模様は早春の足音をつげます。
鱗茎(りんけい)をすりとった汁液は腫れ物や乳腫(にゅうし)、婦人病にききます。
私達はたくさんの方々をお救いしてきました。
そしていつまでも若く健康で美しくあって欲しいと願いつづけています。
愛に時代はありません。一輪の花に託した私達は、いつも若さを失わず、愛に生きる人達に健康と希望と喜びとを与えつづけてきました。
これからもずっとそうするでしょう。
人びとがこの地上に生きているかぎり、私達を愛して下さるかぎり、精いっぱい花を咲かせるでしょう。
そして、この地上が愛に満たされ、調和のしらべが天上にまで響きわたる時がくるまで、私達は生きつづけます。
心に陰をつくらぬよう、人びとの幸せを願ってやみません。

                                      ・・・・・・水仙の精・・・・・・



タグ : 花の精



[ 2008/02/13 16:28 ] 随 想 | TB(0) | CM(27)
  1. ..
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