高橋信次先生の質疑応答 

昭和の終わり頃までは三宝出版、またGLA関西本部にて、「高橋信次講演集全41巻」としてカセットテープの販売をされていた時期がありました。

私が以下、アップしております音声ファイルは、初めて高橋信次先生を瑞法会(現GLA関西本部)にお招きされた初期の録音です。当時、おおやけに販売されていたカセットテープとは違います。
古い方にうかがった話によりますと、その当時は瑞法会へ集われた会員の皆様の中で多数の方が、おのおの小型のテープレコーダーを持参して高橋信次先生の講演を録音されていたそうです。
自らの勉強のために録音したテープを、帰宅してから再度高橋信次先生のお話を聞くためです。以下紹介させて頂いているは、そのようなテープの中の一部分です。

高橋信次先生の講演を個人が録音されたカセットテープは、私は多くは持っていませんが、瑞法会にお迎えしての、初期の頃の高橋信次先生の講演、また「質疑応答」での質問は、ほんとうに素朴な内容が多いです。
そういう意味で、「高橋信次講演集全41巻」に収録されている「質疑応答」とは少しばかり異なります。

前記事のコメントを頂いた中で、お経について少しばかりありましたので、実際に高橋信次先生がお話しされていることを「質疑応答」から紹介させて頂きます。
ずいぶん以前に個人録音されたカセットテープからです。状況としては個人の膝元付近などで録られたものです。音声の聞き取りにくい箇所や雑音はご了承願います。

ご興味ございましたら以下、お聞きください。
テープの内容は、ユーモアたっぷりに、お経のこと。そして「自分の心に忠実に」とは、どういうことなのか、二つの心・・・(カセットテープは、mp3に変換しています)


質疑応答
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カセットテープをお聞き頂いて
高橋信次先生について、もっと知りたい方はこちら。⇒三宝出版発行著作集
書店にございませんでしたら三宝出版へ直接、ご注文されてください。

今回は、高橋信次先生を紹介、ということで書いております。
ご自由に記事はスルーされてくださーい!

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さきほど、ぷりんちゃんのブログに訪問したら やまめ釣り が紹介されていました。
山間部の滝の写真です。見ているだけでも涼しさを頂きました。

以下、ムービーは聞いているだけで涼しくなれるかも!
声はすれども姿が見えぬ。笑! 
あっちこっち探しましたが見つけることが出来ませんでした。
谷渡りの激しい声も入っています。(≧m≦)ぷっ




先週の日曜日に近くの久留米大学で、長男が英語検定の二次試験を受けるので車で送りました。二次試験だけだから一時間少々で終わります。
その日は曇っていましたが、とても暑く、車の中で冷房をかけて待っているよりも、すぐ傍にある高良山に涼を求めて車で登りました。
そこで私が撮影したムービーです。






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タグ : 高橋信次:質疑応答 myPhoto/Movie



[ 2008/07/21 16:51 ] 随 想 | TB(0) | CM(11)

「供 養」 高橋信次 

来月はお盆を迎えて、ご先祖様方を供養いたします。
たまたま、それに関連して載っていた今月号のGLA関西本部の月刊誌にある高橋信次先生のことばをあげました。
月刊誌を転載したこの記事をご覧頂いた皆様に、ほんの少しでも何かの糧になるのであれば、ただ嬉しいだけです。今回も興味がございましたら、一読されて下さい。 
読み逃げ・スルーは大歓迎でーす!!(≧m≦)ぷっ

以下、GLA関西本部発行 2008.8月号月刊誌の「時の言葉」より転載


「供 養」

供養というと昔から仏、霊に物を供えまつることのように思われているが、本当はこれでは供養にならないのである。
供養の意味は「先祖の霊よ、安らかれ」とする子孫の祈り心でなければならないからである。
物をあげ、それで ”よし” とすればこれほど安易な考え方はない。
私共が現在こうして肉体を持ち生きていられるそもそもの恩恵は、それぞれの先祖が私共を生み育ててくれたからであり、それにたいする感謝の心は報恩となって形の上に現われてこなければ意味がないからである。
供養の真意はそれ故に、家庭の和合、調和にあるといえる。
人間の霊魂は、死という肉体機能の停止によってあの世で生活するものである。
世間の人は肉体が灰になれば人の魂まで無に帰すと思っているが、それは間違いである。
人間の予知能力、天才児、幽霊の存在については、その例は枚挙にいとまがないし、こうした諸現象は人間である以上誰しも備わっているし、見ることも出来る。
またこうした諸現象は全てあの世の霊が作用して起こるものである。
魂の転生輪廻と魂の永遠不滅ということも単に人間の願望としてではなく事実として存在するのである。
あの世は三次元ではなく、四次元以上多次元の世界であり、それだけに、普通はある人には認知できてもある人には全然分からぬということもあり得るが、だからといって否定できるものでは決してないのである。
法事で物を供えることは本来は気休めにすぎないが、死んで無になると思いながらも物を供えるその心をたしかめたことがあるだろうか。
家庭の和合、調和が先祖への最大の供養という意味は、あの世に帰った先祖の霊がその子孫の家庭をたえず見守っており、もしも先祖の霊が地獄に堕ちて自分が分からなくなっていたとしても子孫の調和ある家庭をながめることにより己自身の不調和を改め、その霊をして昇天させる原動力となるからである。
我が子の幸せを思わぬ親はいないはず。しかもその子が親より立派であり、家庭が円満に調和されていれば、親は子に励まされ、その子に恥じない自分になろうとするのは人情ではないか。あの世もこの世も、人の心に少しも変りはないのである。
もちろん、なかには例外があろう。地獄に堕ちれば文字通り苦界にあえぐ。
類は類をもって集まる、の喩(たと)えで、その霊は自分と同じ思想、考え方を持った人に助けを求め、いわゆる憑依(ひょうい)作用となって人の体、実際には意識に憑(つ)いてしまう。
すると憑かれたその人は病気をしたり、自殺したり、精神病になったりする。
地上が調和されると、あの世の地獄も調和される。
あの世とこの世は、いわば相関関係にあって、個々別々に独立して存在するものではない。
先祖の供養というものは、このようにまず個々の家庭が調和されることであり、調和こそ最大の供養ということを知ってもらいたい。

以上


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>人間の予知能力、天才児、幽霊の存在については、その例は枚挙にいとまがないし、こうした諸現象は人間である以上誰しも備わっているし、見ることも出来る。
またこうした諸現象は全てあの世の霊が作用して起こるものである。

世界記録、IQ210の持ち主である キム・ウンヨン少年
キム少年はわずか5歳でありながら英語とかドイツ語などを自由に語ることができたそうです。
そしてまた驚くことにわずか5、6歳にして、高校で習う微積や不定積分法の数学問題を簡単に解答できたそうです。
しかしキム少年は後に社会不適応、極度の鬱状態と精神不安定に悩まされ精神科に通うことになります。大学入試にも失敗します。

このキム天才児については、高橋信次先生が話されていたことばを思い出します。
当時、高橋信次先生は、その模様を放映されている天才現象のテレビを見ると、それはキム少年の守護霊が支配して数学の難しい問題を解いていたそうです。
キム少年の過去世では、それを解いていたからだそうです。
そしてもう一つ話してありました。天才は二十歳過ぎれば、ただの人になる場合があると。
これは歳を重ねると共に幼少時の素直な心が、だんだんと、もろもろの欲望などに心を支配されるから守護霊がつけなくなる、ということだそうです。
キム少年も実際にそうなっちゃったようです。

中学校の教科書で「記憶というものは脳細胞の中に記憶がある」と習ったので、そうとばかり思って何の疑問の余地はありませんでした。私が高橋信次先生を知るまでは。
ですからシナプス可塑性など脳がすべての記憶を有するところ、ということを教えるには抵抗あり。笑!
たしかに幽霊は肉体の脳細胞は、とっくに無いのに生前にもっていた感情なども記憶しています! 昔から、うかばれない幽霊さんは柳の木の下で、白い三角頭巾をかぶって、うらめしや~って出て来るようですが・・・。笑
やはり記憶というものは、魂、心の中にあるようですね。


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今回も前回に同じく、当時に販売されていたテープではなく、個人が自主的に収録されたテープからの質疑応答をご紹介いたします。
初めの方には中学生からの高橋信次先生との質疑応答が入っています。
このテープは個人が録音されたものですからノイズが入っていたり質問者側の声が拾えず、お聞き苦しいところもありますが、ご容赦ください。
録音は昭和46年、瑞法会(現GLA関西本部)講堂にて。
ご興味ございましたら、どうぞ。


以下、高橋信次先生のおもな質疑応答の収録内容です。 
〔 Reproduction by Windows Media Player 〕



質疑応答 1
◆狐狗狸(こっくり)さんについて◆紙と神について(神は一つ)◆動物は進化するのか。蛇や狐を神としてまつる間違いと諸天善人の役割◆あの世の時の移り変わり◆思うこと、考えること◆自力と他力について◆肉体の遺伝のこと。シュバイツアー博士、ヘレン・ケラーについて


質疑応答 2
◆死が怖い◆地獄の実相、魔王◆罪ほろぼしということ◆両親に縁が薄いこと


質疑応答 3
◆妊娠中絶のこと◆蛇(巳様)を神として、まつって拝んでいるが・・・



収録されているお話しをお聞き頂いて高橋信次先生について、もっと知りたいと思われた方は、こちらを訪問されてください。⇒三宝出版発行 高橋信次著作集
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明日からは8月です。私の職場では夏期講座が始まります。準備万端!
とくに受験生には、私は鬼!になって(爆)頑張らせまーす!!



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               シジミ蝶です。





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タグ : 高橋信次:質疑応答



[ 2008/07/31 16:54 ] 随 想 | TB(0) | CM(12)

高橋信次先生・反省について(質疑応答より) 

私自身、思うところがあり、方法の一つとして、この取り組みを白紙に戻し、高橋信次先生の「反省・禅定」の具体的なやり方に関するお話を改めて聞き直しておりましたが、どうしても聞くだけでは聞き流してしまい、曖昧な理解と同時に肝心なところを落としてしまう場合があるので、収録を筆起こして自分に言い聞かせるようにノートに書きまとめてみました。

こちらにご訪問頂いた方の中で、実践を試みてある方に、何か少しでも参考に供することが出来るならばと思い、ここに挙げさせて頂きました。
以下、質疑に対する高橋信次先生の応答です。

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八正道を通して、一つひとつチェックしていく。
どのようにチェックしていくのか。
自分の生まれた環境・教育・思想・習慣をチェックしていく。
その基準は、あくまでも中道、偏らない中道ということを根底にする。
両親の教育方法と、兄弟と、だんだんと分析していく。
・両親のことば
・兄弟や、兄弟との対話
・その頃の生活環境

この中で、どのへんに、正しいという基準からもって間違いがあったのか。
良い面と悪い面を、はっきり区別してみること。

―― 前段で、このようなお話のあと、以下具体的に述べてあります ――

続いて、生まれた一歳の頃から、五歳ぐらいまでのことを一つひとつ、生まれた環境・教育・思想・習慣というものを通し、モノの考え方、偽善・偽りの我がどのように出てきたのか。
善なる我が、どのように芽生えてきたか。
これを、一つひとつチェックしていく。

そして、お父さんやお母さんに対して、自分はどのような行為をし、こういうことを言われて、それがどのような結果になったのか。
ということは、自分が生まれた時からの、自分の心の歪を発見する。

こうして、五歳ぐらいから、徐々に他人との関係、友達との交友関係・・・
他人との関係で、友達同士で、どのようなことがあったのか。

特に、この頃は自我が大きく芽生えてくる。 
・・・喧嘩、あるいはまた、自己保存、自我我欲。こういうものの原因が、どこにあったかを自分を振り返ってみる。
そして、自分自身の心の中に、思ったこと・行ったことを基準としてやることが大事。

モノには、すべて原因と結果がある。
この原因と結果、この因果というものを、はっきりと見定めて、その原因がどこにあったのか。

両親から、怒られたことにより、心の中に歪を作り、親を恨む結果を作り出している場合がある。ノイローゼは、ほとんどが自分のせいではなく、他人のせいにする。

自分というものの、悪い原因がどこにあったか。その種の根っこを、根を除く。
除かない限り、また心の中に歪が出てくる。

それは、恨み・ねたみ・そしり・怒り・愚痴・自己保存、自我我欲。
こういうものを分類して、その時の状態というのを、しっかり見定める。

そうして、我々は、このような反省の基準というものを、しっかりと自分が知って、一歳から五歳までを、最もきれいに、心の中のテープレコーダー・ビデオテープの失敗した分野を修正していくことが大事。

我々は完全なモノにすることはできない。失敗したことは失敗として、二度と同じマチガイを犯さないようにすればいいんだが、人間はどうしても、同じマチガイを犯すんです。
そのために我々は、自分の偽りの我には、どうしても弱いのです。甘いのです。
その偽りの我に負けてしまうんです。
「今度は、やめよう・・・」
また、やりだすんです。
それには、勇気と知恵と努力というものが無ければ、できません。

そこで、反省は、そのような心の中の歪を、スモッグを取り除く一つの方法なのであり、神が我々に与えられた慈悲なのです。

煩悩即菩提というのも、我々は、その煩悩を自らして作った悪を修正し、その悪を芽として、新しい芽を我々は作り出した時に、煩悩は即菩提になるのです。

「人のふり見て、我がふり直せ」ということわざがあります。
我々の周辺は五官を通しても、すべて勉強の道具があるのです。
人の失敗を見て、自分が失敗しないように、自分というものが、常に他人を参考として見られるように・・・。
それも、すべて正しいという中道の基準を持ってなければなりません。

こうして、小学校に進むに従って、周囲の関連が深くなってきて、自己保存という偽我・偽りの我が芽生えております。
こうして八正道という基準を持って、私たちは一歩一歩、自分自身の心の状態を修正していくことが大事です。
やれば、やるほど心の中には・・・

「・・・いやー、ぼくはもう、一回やったから大丈夫なんだ・・・」
と、思っているけれども、そこには必ず、荒削りの分野があります。
心のメッシュは、どんなにでも、細かくなっていきます。
それだけの細かく、自分をしっかりと知り、そして、毎日毎日の生活を、同じマチガイを犯さないように前進させて行くことが大事なのです。

まず、一歳から五歳までは、特に父親に対しての問題。母親に対しての問題。兄弟に対しての問題を、はっきり区分して、まず皆さんは、じっくりと瞑想して、心の中で考え、思い出し、やればやるだけ結果が出てきます。

スモッグがとけてくれば、自らして、神の光は皆さんの心を満たします。
禅定というのは、それをしないでやるから、魔王に支配されたり、自分自身の「己心の魔」という、心の中にある魔が、心を騒がせ、不調和な状態を作り出してしまうわけです。
それゆえに、自分を見つめるということは、最も細かくやることが大事です。

「研修会のたびに、ぼくはやってるんだよ。」
・・・そう言っても、皆さんは歳に比例します。とれば、とっただけ、それだけの曇りを作り出しているのです。独りよがりの、どうしても判断をしがちになるのです。

あくまでも、自分を、まったくの第三者の立場に立って物事を思い・見・したならば、公正な自分を発見することができるのです。
公正な自分とは、正道をしっかり踏んだ己自身の姿なのです。

こうして、両親・兄弟、区分して、一つひとつ、両親に対しては、あるいは兄弟に対しては、周辺の人に対しては・・・
これを一つひとつチェックしてみることです。


五歳から十歳、徐々に自分というものの性格が完成されていきます。
ほとんど、人生における、一歳から五歳までの環境が大きく、その人を支配してしまうのです。

「思いこんだもの」を変える、ということは、難しいことです。

そのために、皆さん自身でも経験があると思うんですが・・・
自分の子供たちに、自分の兄弟の悪口を言ったり、ほめたり、いろいろあります。
小さな子供。お父さん、お母さんを絶対信頼している子供たちが、両親の言うことを信じ、悪口を言われれば、その子供たちは、また、その心というものは、なかなか消え去るものではありません。
子供の教育に対しても、そういう問題は必ず出てきて、それを、子供は毒を食べて、誤解する結果を招いてしまうわけです。
兄弟というものでも、よほど正しく語らなければ、子供は、絶対信頼している両親の言葉を信じてしまいます。
これが、一歳から、約十歳くらいの間が、特に影響されます。


十歳からは、だんだんと今度、学校の先生という対外的なものを信ずるようになってきます。
その学校の先生は、現代は、心なく、物質至上主義、そういう教育をしているのが現代の、心の中の歪を作る大きな原因になっているわけです。
本来は先生たちが、自分の心の状態をしっかり分析・・・。
このようにしてみて、真実のものを子供たちに教えていけば、間違いは無いんです。
ところが、修身教育・道徳教育というものは、現代は、日本だけがありません。それだけに、暗中模索の中で、人々が迷っているわけです。
だんだん、こういう日本の教育が普及されていきますと、外国からは相手にされなくなります。日本人が。
すべての基準を、物質や経済にもってっているからです。

こうして、今度は、十歳の状態というのは、対外的・・・。
特に、先生というものが絶対的な力を持ち、今まで、親の言うことは聞いとったが、今度は逆に先生の言うことを聞くようになります。
ですから、子供さんたちは、
「お母さん、こんなこと言ったって、先生はこう言っているんだ・・・。」
先生の意思によって、子供たちの人格が徐々に形成されていきます。

こうして、その当時は、今度は、先生と自分の関係というもの。先生に対する自分の心の在り方。その教えに対して、自分の心に記憶している分野。
これは少なくとも、皆さんの場合は、三日間くらい、その問題だけに取り組んでみてください。
小さい時なら、小さい時。大きくなったら、大きくなった時。一つの問題をしぼって、そして、それを書き出していくのです。瞑想をして、自分が反省しているうちに思い出す。それを記録していくことなんです。
そして、しっかりと自分の欠点というものは、こういうところに欠点がある。
あーいうところに欠点がある。
こういうものを、しっかり修正していくと、皆さんの、その状態において後光が出てきます。
当然、後光というのは、その人の心の状態が反映しておるからです。


十歳から十五歳までの間は、今度は徐々に、本能的分野の異性に対する感情。こういうものが出てまいります。
そのときの自分の心というものが、どのように・・・。
果たしてこれが、情欲的な面にまで発展していった、欲情的な問題を、だんだんと解決していくことです。


自分さえ良けりゃ良いという自己保存の念は、ますます心の中を占拠してきます。
その念を、もっと分析していくと・・・対人関係・・・
十五歳から二十五歳くらいの間は、自分自身の対外的・・・仕事の面。
会社の場合、勤めているならば上司と自分の関係。
取引先と自分との関係。あるいは、下請けと自分の関係。
・・・その心と行いの状態というもの。
毎日の仕事の中において、給料さえ貰えば良いんだ・・・という考えがあったか。
あるいは、正しくその中で自分が一所懸命に仕事をしたか。
・・・こういう面を、ずーっと分析していくことです。

そして、自分の心の、あらゆる、自分と周辺の関係というものを、はっきり区分して、自分の正しいという基準の中に当てはめていったならば、
「この分野は自分の歪だ。あぁ、これは直さなきゃいかん。これは、こうせなきゃならん。」
というのを、最後にピックアップしてみることです。

そして、自分の欠点は、堂々と人の前で言えるようにならなければ、いけないのです。
「いやー、ぼくは、こんなことやっちゃった。これは良くなかった・・・。」
心の中で、まだ、恥ずかしい、とか自己保存しているうちは、まだダメなんです。
これを懺悔といいます。懺悔。
そういうように、自分の欠点を堂々と言い、二度と犯さない人たちこそ、本当の、勇気ある人というのです。

そして、自分自身というものを完全に作り出して・・・
こうしていきますと、自分というものとの両親との関係は、生きている間は続いていきます。


さらにまた、二十五歳・二十六歳からは、だんだんと家庭問題が入ってきます。
夫と妻、妻と子供に対する関係。
独りよがりのモノの考え方で、自分を見ていなかったか。
妻と子供との関係において、正しく、偽りと善なる我を見極める教育をしたか。
あるいは、独りよがりの判断をしたか。
他人様と自分の子供との関係。
こういうことを一つひとつチェックしてください。
当然、両親が生きていれば、それとの関係。
兄弟との関係。
心にウソのない事実のモノをはっきりと思いだし、自分が八正道という正しい心の基準に照らし合わせていくことが大事なんです。
そして、自分の、常に、心の中に思っていること、行っていることが、果たして、正しいものであるか、ないかを、しっかりと吟味できるだけの余裕が大事なのです。
・・・病気。この病気に対して、自分自身が、その原因がどこにあったか・・・。病気の問題。
あるいは、拾得物。拾ったその拾得物の処理。
あるいは、偽りの生活・・・

こういうものをしっかりみて、その原因がどこに、なぜ、起こったのか。
こうして、一つひとつ、自分の心の中をチェックしていって、本当は、禅定をしなければいけないのです。

そうなってまいりますと、自ずから、生と死というものに対する執着から離れていくのです。
人間は、「生まれた」とか「死んだ」とかいう、こういうような執着。こういうものから離れていくものなんです。
心には安らぎ・・・というものが出てまいります。
その過程の中には、自分の犯した、いろいろな悲しみや苦しみの中から・・・。
マチガイを犯したことは事実なんだから、
「・・・許してください。こういう、原因だったんです。」

―― それから、高橋信次先生、質問者に対して ――
「・・・もう、わかりますね?」  
「・・・そうです。そうして、なるべく細かくして、やって欲しいのです。」  
「・・・いいですか?」

―― 質問者 ――
「一歳から五歳までのこと、ほとんど忘れているわけです。」
「それで、どうしたら良いかと、いろいろ考えてみたんですけれど・・・。」

―― 高橋信次先生 ――
「そのときは、瞑想をして、自分自身というものの、先ほどの、生まれた環境や教育や思想や、習慣を思い出してください。だんだんと。」
「自分の生まれたとき・・・あぁ、こういうことがあった。」
「こういう話を親から聞いた。そのとき自分は・・・」
「それから、あぁいうこともあった。お祭りの時は、どうだったのか。あぁいうこともあった、こういうこともあった。」
「だんだん・・・ですよ。月ごとに追っかけて。」

―― 質問者 ――
「それで・・・あのー、方法が無いもんですから、憶えている五歳以降の自分の行ったことを、逆に突っ込んでいったわけなんですが。」
「そうすると、だいたい、こういうことであったろう・・・ということが出てきたんですが・・・」

―― 高橋信次先生 ――
「そうですね。」「それでも良いです。」

―― 質問者 ――
「それで・・・」

―― 高橋信次先生 ――
「方法としては良いと思います。」

―― 質問者 ――
「それでも、尚且つ、細かいことは、ほとんど忘れているわけです。」

―― 以下、高橋信次先生 ――

はい。それが出てきます。
それは、まだ、反省の、自分自身の状態が中途半端なんです。
ですから・・・「よっしゃぁー・・・」と。
今日は、自分自身の生まれた時の環境を、一つひとつチェックしてみよう。
兄弟や姉さんや兄さん。あるいは、親父・お袋から聞いたこと。そして、自分の関係。自分はどうだったかな。・・・こういうこと。
で、罪を犯している偽りの我・・・というのはね、あんまり、小さい内は、我はあっても、その我自身が、自分自身を食い潰すようなことは無いんです。
知らない間に・・・、さっき言われたように、理性というものが無いんですから、欲しいと思えば欲しいし、泣いてでも取ろうとする。
まぁ、そういうことが出てくるわけですから、その分野においてのスモッグは、気がついた時に・・・
「あっ、これは、いかん・・・」と。
「・・・やっぱりガキだなぁ。」と・・・。
「小さかったから仕方ない。これ、許してください。」・・・で、済んでいくんです。

ところが、一番大きいのが、もうね、自分の心が両親から巣立って外へ出てからです。そうして、心の中で思っていたこと、行っていたこと、こういう問題が大きく影響します。

そちらのほうのスモッグを払うまでには、一番元からこうやって、だんだん、だんだんやってくると、
「あっ、これもあった、あれもあった。あれもあった、これもあった・・・。」
そこで、皆さんは、いろいろ、先ほど言ったこと。両親に対して、兄弟に対して、分類してしまうんです。
その時の状態を一本にしぼっていくんです。そうすると、
「はっ、父親は、こんなことをしてくれたなぁ。自転車に乗っけて、こういうこともして、あすこへも連れてってくれて。」「・・・そのとき、自分はどうだったかなぁ。」
「あっ、お袋におんぶされて、こういう所へ行った。ああいう所へ行った。」「あっ、このときは、自分は、どうだったかなぁ・・・」


こうやって、ひっくり返していくとね、小さいとき・・・
ぼくは、二歳まで、はっきり分かります。
二歳の、キントキっていうのを着てね、ここで、あのー・・・
子供の頃のこと、思い出していきましたねぇ。そして、あのー・・・
川に、こうやって、兄弟がおって、自然と石が転んで、水の中にアップアップしている時、えー、それで、その中で・・・
「誰か助けてくれ・・・」その時、ただ、泣いとって・・・
感謝なんか、ありませんね。子供だから。
あー、あの時に救ってくださった方にね、「ありがとう・・・」と。
ぼくは、あの時、お礼も言えなかった。
・・・知らないんですから。
えー、そうやって、やっていくわけですね。
                (※キントキ?? 赤い丸金のよだれかけ?)

ですから、小さいときも、そうやってね、やっていけば、やっていくほど、
「あっ、お父さんに対して、こういう感情を持ったことがある。」
「お袋に対して、こういう感情を持ったことがある。」

あるいは、生まれた自分の環境自身に、
「こういうことをもう少し、こういうふうに、せめてしてもらえば良かった・・・。」とか。欲望も、いろいろ、あるわねぇ。

そういうことを、チェックしていくわけですね。
そうして、それのチェックの中心が八正道です。
そして、自分が、その頃の、恨みや、ねたみや、そしりや、怒り・・・

そしてまた、病気をしたら、その病気を徹底的に追及するんです。
その時の、病気の自分の心の状態は、どうだったかなぁ・・・
周辺は、どうだったかなぁ・・・
感情は、どうだったかなぁ・・・
両親の状態は、どうだったかなぁ・・・
そうして、その根っこは、どこにあったのか・・・

こうやって、反省していけば、良いわけです。
ですから、あらゆる・・・
たとえば、事故でもいいですね。
あるいはまた、いろいろと、火災とか。
いろいろと、周辺に、そういうものを思い出していくうちに、周辺が、はっきりと映り、投映されてまいります。

そうして、自分を修正して、今度は、それをやってから瞑想していけば、その心さえ崩さなければ、光明に満たされて、光の天使たちが、自然と、その人たちの心の状態を反映して語り始めます。

ですから、そのように、一つ、徹底的に、自分というものを、もう一回、見てください。

しぼらなきゃ・・・。
あまりに広すぎるから。
一つひとつ、しぼっていく。

「・・・自分の生まれた時は、どうだったかな。」
「それから、どうなった。」
「・・・どうなった、・・・どうなった。」
「・・・どうなった、・・・」っと、突っ込んでいく。

やれば、やるだけ、細かくなってきますね。
そしてまず、自分を、そういう調和の状態に持ち込んでいくことが大事なんです。

そうして、我々は、人間としての自分を、ほんとうに、
「これは偉大な人生なんだ・・・」
ということを発見したら、もう、これは、しめたものですね。
もう、後は、自分が勇気を持って、神理を、ちゃーんと生活の中の法灯を消すことなく、ともかく、実践していくことです。


ところが、人間は、そういう、ひとつの状態になっても、苦労して、そこまでなっても、下がるのは簡単なんですよ。
ちょっと、思った時、バーッと、下がっちゃいます。
それだけに、生活の中に、ガッチリと、自分の正しい基準を持っていなかったならば、下り坂は、瞬間にして下ってしまいます。
難しいですよ。
ですから、上るのは難しいけれども、下るのは、ウンと早いということです。

それですから、自分を常に、毎日、それからは、
「今日一日はどうだったかなぁ・・・」
「今日は、こういうことが無かったかなぁ・・・」
「あっ、ぼくは、こういうところに、心に歪を作っちゃったなぁ・・・」
「・・・許してください。私は、今日、今から、このことは、もう、二度と同じマチガイを犯しません。」・・・といって、勇気ある自分を作っていったら、それは、素晴らしい力になります。
そのときには、次元の違った世界から、より偉大なる、また、現証を出されるようになるでしょうね。

このように、まず、自分というものを、しっかり見つめるためには、小さい時から思い出して、それを更に、今度やっていくと、心の中が綺麗にスカッとなっていくと、今度は、前生まで分かるようになるわけですね。
その前生のカルマは、「あぁ、こういうカルマがあった。このカルマは取り除かなくちゃ、いかん・・・」
ということが、自分というものを、はっきりと見分けがつくようになるわけです。


ですから、まず、しぼってください。ひとつ。
・・・あまりに大きすぎるからね。しぼって。
「この分野・・・、お父さん、お母さん。これも欠点。悪かった。」
「これは、どうだ。」「小さいときは、どうだった・・・。」

・・・そのために、さっき、生まれた環境や教育や、思想や習慣・・・

「どういうものが、あったかな・・・」
「習慣・・・。あっ、お祭り。」「あっ、お盆・・・」「暮れ・・・。」
「・・・そのとき、友達と、どうだったかなぁ。」
「親には、どうしたのかなぁ・・・。」
「小遣いを、ねだらなかったかなぁ・・・。」
「自分さえ良けりゃ、良いと思わなかったかなぁ・・・。」

これから入っていけば、いいでしょっ。
そうすると・・・

―― 高橋信次先生、質問者に対して ――
「・・・だいぶ、分かってきましたね。」

―― 質問者 ――
「はい。」

―― 高橋信次先生、質問者に対して ――
「ええ、いいんです。それで。」



―― 以上 ――


*********************************************

以前にも何度か、高橋信次先生の反省方法をブログで紹介しましたが、ご覧頂いた方には、今回挙げております内容との共通項を見出されてあるかと思います。

もう一つ、ご紹介させていただきます。
(まだ続けるんかい。爆!)

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タグ : 高橋信次:質疑応答 高橋信次:GLA誌より



[ 2014/01/18 19:55 ] 随 想 | TB(0) | CM(2)
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