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瞑想 6  トニーの自叙伝から 

「瞑想により、大自然との一体感を味わいたい」
前にも書いていましたように、これが私の瞑想の目的の一つでもあります。
その理由として、住んでいる地球、大宇宙は、あらゆる生命物質を生み出している母体でもあります。
その恵みの中で、永遠の調和に向かってお互いが共存共栄の生活しています。
以前の私でしたら、自分本位の人間でしたから(笑)、そんなこと考えてもみませんでした。
ところが、信次先生の著書「心の原点」等を読んでからは、これまでの自分の愚かな考え方に気づくことが出来たことを思い出しています。
素晴らしい「人」とか「本」に出会えますと、これまでの自分の考え方や今後の自分の在り方、理想像を考えさせられます。少しでもそれに近ずきたいと願ってやみません。

読んだ後、今も大事に手元に残している本の中で、大自然との一体感を体験した、故アントニオ・トニー氏の興味深い自叙伝の一部分を以下引用、紹介したいと思います。
私の言葉で読んだ感想を中心に説明し、引用は数行に留めておくつもりでしたが、私の感想文ではやはり正確に伝わらないと思い感想を抜いて(笑)伝えようとしたら引用文が非常に長くなりました。
これを読んで頂いている方に何か参考になれば幸いです。

しかし随分以前にテレビで、トニー氏の心霊手術(メスを全く使わずに手だけで皮膚を切って体内の悪くなった腫瘍を取り出し、しかも全く傷跡を残さない手術)を見て驚いたものでした。


―――――――――――――

トニー著
フィリピン心霊手術者の半生
「わが奇跡の力」
昭和52年10月20日初版発行 
(現在は残念ながら絶版です)

20070223162901.jpg



山の隠者

木の葉の間を洩れて、朝日がまだ寝ている私の顔を照らしていた。
目を覚ますと一片の雲もない青空だった。
小川の水音を聞いていて、一昨日から何も食べていないのに気付いた。水がとても恋しかったから小川にでて、冷い水にさっと手を浸け、頭をすっぽり入れて水をのんだ。
さわやかな気持になると、岸辺に坐って今度は足を水にじゃぶじゃぶ入れ辺りを見まわして近くに果樹がないか探した。
その時、一人の男がそばにいるのに気付いた。
ずっと前からいたらしいが、私は気付かなかったので、非常に驚いた。あまり驚いたので、すぐには顔もわからない位だった。
その男がにっこり笑ったので、私の気持もおさまった。
こんなに気持の落着いたのは初めてだった。
その男の目は若々しく輝いていて、笑顔は母親を見て微笑む赤児のような笑顔だった。
だが目の輝きと笑顔とを除けば、全身に老いがうかがわれた。
額には幾すじもしわが深く刻まれ、顔は老人の顔だった。
地上に脚をくんで坐っていた。
着衣は色あせていたが、黒染めの絹のような服をまとっていて、腰には汚れた白いひもを巻き、長くのびた白髪も白いひもで束ねていた。
「おいで」長い白いひげをふるわせて低い声が響いた。
足元に置いてあるつややかなバナナの葉に盛られていた果物と根菜を食べろと手ぶりで示した。
あやつられたように私は従った。果物は甘く根菜は暖かった。
どうやって調理したのか私にはわからなかった。
話す言葉は父のようでもあり、友達のようでもあるような響きで私に伝わった。
ずっと前から私を知っているような話し方だった。
私はすぐに親しみを覚えずにはいられなかった。
一言一言、言葉を選んで話すような話し方で、言葉数は少なかった。
だが、それでいて言葉が自然に流れでているような感じで、私にも言う事がよくわかったのだ。
目の輝きと一言一言とが絶えず連携しているようで、これが言葉の意味を深め、私の理解を助けてくれたのだ。
男は自分のことを隠者だと言った。
奥深い山中でただ独り年老いるまで暮す人がいると祖父に聞いた事があったので、その祖父の話を思い出していた。
男は私に一緒にいるがよいと言ったが、その目の輝きは、私がそこに一緒に居る事になるのだと語っているようだった。
私はなおもがつがつと食べつづけていた。
私が一番驚いたのは私の名前を知っていた事であったが、しかもそれに私が気付いたのは何度か私の名前が呼ばれてからの事だった。
男はやはりほほえんでいて、その目は私にどうしてとか、なぜとか尋ねる必要などないと教えていた。
若者と変わらない敏しような動きで立ち上がると川のそばに行き水をすくって口に入れた。
そして私の方をふり返ったので私も同じように両手に水をくみ、のんだ。
「アントニオ、わしと一緒にいる限り飢えも渇きもせんぞ」そう言って私の手をとると、何の道しるべもない山道をどんどん歩いて行った。
男の手はごつごつして固かったが、私の手を優しく握っていた。
体付きはほっそりしていたが、道のつるつるしたり、険しいところでも足どりはしっかりしていた。
年老いた様子なのに一度も休むことなく歩きつづけた。
男の体から私の体に何か力が伝わってくるのを感じた。
山中では時間もとまっているかのようで、二人がどの位歩いたのかもわからなかった。
男は口もきかなかったが、きく必要もなかったのだ。
私は少しもこわいとは思わず、子供だけにみられる純真さで私は全身を男のひく手にあずけきっていた。
やがて両脇がきりたった崖にはさまれたかっこうの、隠れ場所のような平地にでた。
二人の歩いてきた道の外には、ここに達する道はなかった。
ようやく二人は立ち止まった。
男は私の手を放し、きっぱりとした口調で言った。
「二人が住むのはここだよ。わしは、もう何年もここに住んでいるが、これからは、アントニオ、ここはお前の住み家にもなるのだぞ」
なぜ私が住むのかわかりもせず、またわかろうとも思わずに私はうなずいた。
男には私はアポ(叔父さん)と呼びかけていたので、これからはアポと書くことにするが、そのアポが何もかも承知しているのだから私としては何も訳を尋ねる必要もないと思ったものだ。


霊的めぐり会い

平地の一隅には、屋根をコゴン(草)でふ葦いた竹造りの小屋がたっていたが、かたわらには絶壁のがけがそそり立っていた。
小屋の前にはさまざまな草木が列をなして植わっていたが、その中でカモテ(いもの一種)だけは私にすぐわかった。
だが他の草木は何なのかわからなかった。
アポは私が何を疑っているのかを察して、小屋まで歩く途中で、いろいろと草木の名前を教えてくれた。
みな薬草や薬木だった。
もちろん病に備えてアポが植えたものだった。
小屋の前に泉が湧いていたが、水はこれを使うのだなと思った。
そこで立止まると、私にボロボロの服を脱いで、体を洗うように言いつけて、どこかへ行ってしまった。
私は言われたとおりに体を洗ったが、洗いおわった頃に戻ってきた。
「ほら、この葉っぱで体をふきなさい」と言って何枚かのもみつぶした木の葉をくれた。
言われたとおりにすると、山中を歩いていた時のひっかき傷が、水浴びをしたら、ひりひりしたのだが、その傷の赤味が消えて、体が乾くと痛みも全くとれてしまった。
小屋の中に入ると、低い竹のベッドが二つ置いてあって、一つのベッドの上には私にぴったりの着替えがのっていた。
それを着ると、アポはにっこりと笑った。
この時、私は初めて気付いた。私が迷子になって偶然ここにやってきたのではないのだという事に。今までに私の身にふりかかった総ての事は、ここでアポと一緒に、私が暮すようになるために起こるべくして起きた事なのだ。
「アントニオ、その通りだよ。神の導きなのだ。お前にとってもわしにとってもな。二人共その導きを受けねばならん」
アポが言ったが、私にはよくわからなかった。
もっと知りたかったが、尋ねようとはしなかった。
「わかる時がくる。ようくわかる時がくる。おまえには守護神がついていて、いつもおまえと一緒にいるのだよ。それにわしもいつまでもおまえの守護神になるのだよ」
アポがほほえんでこう言った時に、私は自分の体内に炎のような熱気と明るさとがみなぎるのを覚えた。
私は歓びの湧き起こるのを感じたが、それはちょうど私が木の上で目を覚ました時の感じと同じものだった。


真実の理解

その夜の夕食後、私の守護神でもあるアポは、小屋の片隅にあった石造りの三脚炉に薪を積んで火をつけて、それをじっと見つめていた。
私もアポの向かい側に坐って、アポの動きを細大もらさず見守っていた。
アポは私の顔を見て薪を足しながら言った。
「人間は昔はお互いによく気持が通じ合ったものだ。それが人間の天から授かった知恵というものだった。ところが、だんだんその知恵を仲間同士で悪用するようになって、しまいには知恵そのものを失うはめになったのだよ」
「人間は石や木とお話しできるの?」私が尋ねた。
「いや、こうやっておまえと話し合っているようにはできないが、感ずる事だ、そう、触わったり、見たり、聞いたり、嗅いだり、味わったりする感じ以外の感じで感ずることだ。そこで初めて知ることができるのじゃ」
私にはアポの言うことがわかった。
「人間はその知恵を失ってしまったから、もう自分の事もわからなくなってしまい、自分が誰か、何なのか、何ができるのかもわからなくなってしまったのだ。
そこで人間としての自分自身を知る事、自分が何者で、何ができるのかを知る事。これがおまえのやらなくてはならない事だよ」
私にはアポの言葉がわかった。
そこで、アポは立ち上がった。その夜はもうこれで、アポの話は終りだった。
次の日の夜はいろいろ教わった。
まずアポはものの見方を私に教え始めたのだった。
私はそれまで目が見えると思っていたし、実際見えていたのだが、アポの言う意味では私は目が見えなかったのである。
それは単に目を使うという意味ではなく、それ以上の意味があったのだ。
このことは今でも変わりがない。
たとえば、ある問題を長時間講義して、先生が生徒に
「わかりましたか」と聞くと生徒の方が「わかりました」と答える。
アポの言う「見る」はこの種のわかると似たものだが、実際はその「わかる」以上のものなのだ。
表面的にはこうした言葉のやりとりは、とうぜんの事のように思えるのだが、よく考えてみると、この事は人間が視覚を通じて見る以外にも、ものを見る能力を具えている事実を示している。
ある問題をめぐって、先生と生徒との間に理解したという共通の認識が成り立って初めて学習が進むのだ。
「わかるか」というのを言葉で表わすのは難しいのだが、アポは優秀な教師で、必要な時を除いては一切言葉を用いなかった。
目の輝きだけでは教えきれない時、今までにない新しい事を教える時、私を試す時などは仕方なく言葉を用いた。
山中の学校で私はこうして、ものを見る事を教えられたのだ。
山中にはさまざまな包い、物音、味わい、情景などがあったし、さまざまな体験もつむ事ができた。
「山の静けさ」というのは単なる比楡で、実際には昼となく夜となく、山は絶えず動いているのだ。
山が静かだと言われるのは、山の総てが自然の調和の中に一体となっているからなのだ。
山が静かだと言うのは、人間が人間の言葉で自分の心に映る実在の影像を表わしたものだ。
とすると、その影像が消え実在が残るというのがわからなくなる。
心の影像と実在との係わりには、いかに多くの混乱が生じている事か、だがこれも人間の認識体系の一部にすぎない。


大自然の中での修業

私が初めに教えられた事は、あらゆる感覚に優って視覚だけを顕著に働かせる方法であった。
アポはまず私を一輪の花の前に坐らせ、その花の動き、刻一刻と花の開く様子をじっと目で捉えよというのだ。
何時間も目ばたきもせず、じっと花を見つめて坐っていたものだ。
坐っているとのどがかわいたが、じっと花の香りを嗅いでいると、背筋がぴんとしてきて、さまざまな音が聞こえてきた。
これを何度も何度も繰り返しやらされ、やっと花が蕾から開くところが確かに見えるようになった。
それから花の開く音を聞き、香りを嗅ぎ、味わい、最後にその感触を覚える事などを順次教えてくれた。
こうして初めてアポは、私にものの見方を教えてくれたのだ。
朝露がビロードのような花びらにまだ残っているバラの花が開くのを見つめているだけで、総ての感覚が同時にしかも等しく働くようになった。
これがアポの言う見るという事なのであった。
見ているだけで花の開く極微の動きが立てる音が聞こえ、その柔らかな感触にふれ、刻刻移り変わるふくいくたる香りを嗅ぐことができ、ゆっくりと光に消える露を味わう事もできた。
すなわち、バラに内在する自然の調和を見る事ができたのである。
それはいわば、相互に係わり合う総ての感覚が奏でるシンホニーとも言えるものだった。
私の全身全霊がバラの中の小宇宙に一体となったのである。
アポはこう教えた。
「まず、バラの茎を見、それから根、土、周りの草、近くの木へと順次視野を拡げてゆくのだ」
すると、総ての物音、香り、味わい、触感が一つに流れるような脈打つ調和に溶けこんでゆくのであった。
調和を学び、総ての感覚の働きを知ると、山そのものが私にとって前の山ではなくなっていた。
山の見方が変わってきた事で、私自身も以前の私とは違ったものになっているのに気付いた。
山自体はもちろん変わったわけではなかったのだが、私の感覚が訓練されていなかったので初めは山本来の姿が見えていなかったのだ。
また、私の存在そのものが山に働きかけるようになった。
山に働きかけるというのは、私が近づくと、こうろぎ等の虫や鳥が音を立てたり、逃げ去ったり、飛んだり、這いまわるという事ではなく、山の総てのものが活気を増し、私が山に、山が私に働きかけるという事なのだ。
それは言葉で表現するのは大変難しい現象なのだが、つまり山によって私がいっそうの生気を得、同じように山は私によっていっそう生き生きとするということだ。アポの教えが次第に進むにつれて、アポが始終私のそばについている必要もなくなり、アポがでかけて私独りが小屋に残っている時があるようになった。
しかし、独りの時でもアポの存在が身近にいつも感じられた。
アポは次に瞑想する事を教えてくれた。
夜になって寝る前に私はよくこう言われた。
「花を開くバラの事を考え、今日感じた事をもう一度感ずるように努め、心に花を見るのだ」
言われたとおりに幾度も同じ事を繰り返した。
それから心に浮かんだ花の各部を別々にわけて、花びらの動きだけを見るようにしろと言われ、花びらの動きだけをとらえるようにした。
その次には、花びらから消える露の香りを嗅ぎ、茎の中を流れる水液の動きを感じろと言われた。
このような訓練を通じて私は自分の感覚はいっそうとぎすまされていったのだ。
衝動を与えたり、衝動の複合的変化が生じたりすると、即座に肉体がそれに応じ、精神集中ができるようになった。
さらに瞑想の対象による肉体的な刺激がなくても、精神の微かな動きによってあらゆる感覚を再現することができた。


傷付いた小鳥

しかしながら山は平穏な時ばかりではなかった。
熱帯性の嵐が吹き荒れ、自然の猛威が山の姿を一変させ、木が倒れ、川が氾濫し、洪水がおこり、小さな生き物は溺れ死に、鳥の巣が散り、ひな鳥が死ぬといった惨状となる事も珍らしくなかった。
だが、嵐が去って山が自然の調和を取り戻す時の姿は実に美しかった。
嵐の前後のいわゆる山の静けさ、特に嵐の後の山の静けさというものは、再生と成長の活気あふれる時期を表わしているのだ。
嵐を迎える毎に私も成長し、動植物の成長過程を学んだ。
植物の本質、互いの調和、一つ一つの植物やその細胞の内なる統一性を瞑想するという、植物を対象とした精神集中を学びおえると、アポは次に動物に学ぶことにすると言った。
私は動物が好きだったから、この方がいくらか楽だった。
必要に迫られると、二人はおそろしい野性の猪や、脚の速い鹿を狩りにでかけたり、野性の鶏に罠を仕掛けたりしたが、そのつど、動物達の生態についての知識を深め、狩りを楽んでいたから、捕獲するのが巧くなった。
「お前は立派な猟師だな」ある日、アポは私をほめた。
私のやる事はめったにほめたことがなかったから、これは珍しかった。
だが、その後でこう言った。
「動物にうち勝つ術を覚えたり、その弱点をつかみ、お前の知恵で動物の本能に対抗しようとしたりする事よりも、大事な事は、動物の内なる調和を学び、お前自身がまた、動物達と調和する事だ」
私に問題を与えたのであった。
そこで次に狩りに出た時には、殺さず捕えず、ただそっと近づいて相手に気づかれないようにして細かに観察だけした。
しかしこれは難しい事で、動物達は一ヵ所にじっとしている事がなく、絶えず動きまわっているのだ。
とうぜん、草や木のように一つ所にじっとしていないので、観察できるのはほんの瞬間の事もあって、その瞬時に動物達の内なる統一性を見究めようと努めなければならなかった。
鳥の場合はまだ楽で、木に登って身を隠すことができたし、私は木の内なる統一性は悟っていたから、木と一体になれたので、鳥の方が私を木の一部と見て、私の体にとまる事すら珍らしくなかった。
だから鳥の観察は非常に綿密に行えた。
駿足の動物や鳥を目近かに観察する事で、私は体内の精気を瞬時に統一されたある感覚や目標に集中させる能力、すなわち一つの感覚のみを増幅してものを見る能力を啓発する事ができたのである。
ある長い激しい嵐の後、アポは私を生い繁った竹林に連れていった。
背の高い竹の根元にいばらの繁みがあって、そこに小鳥が一羽動けなくなっていた。
その鳥のさえずる声に私は苦痛、体内の内なる不調和を感じとった。
とげが突きささって動けなくなっていたのだが、そのとげすらが、小鳥の窮状と苦痛に同情を寄せているかのようだった。
とげの事などかまわず、私が小鳥のそばに駆けよると、訴えるかのようにさえずった。
アポの方を見ると、アポはどこにもいなかった。
私は小鳥を両手にすくうようにかかえると、その小鳥に全身全霊を預け、精神を集中した。
片手で傷ついた翼の姿勢をただして、今まで観察した鳥達の事を心に描き、鳥の具えるべき調和を心に念じた。すると手の中の小鳥は翼を羽ばたいて静かになった。
それから体をすくっと伸ばすと立ってしばらくすると空中に飛び立った。飛べたのだ。翼の傷はもう直って調和を完全に取り戻したのだった。
私は思わず嬉しくなって声をあげた。その時、とつぜんアポが姿を現わした。
私の手をとると小屋に連れて帰った。
その夜、アポは火のそばに坐って、今までに見せたことのない目つきで私をじっと見つめた。
私の方を見ているように見えたが、実際には私だけを見ているのではなかった。
あらゆるものとあらゆる所を同時に見ているのだった。
今までに聞いた事もない穏かな声で、私に語り始めた。
私の体内のある力について話したのだが、アポの話では、その力は修得することのできるもので、いったんそれを制御できるようになると、その力で、通常の人間の能力を超えた行いができるようになると言うのである。
この力が制御できるようになると全く別の世界がひらけてその別の世界の超人的力を伝達する手段に自分自身がなれるのだ。
この力をアポは、霊(スピリット)と呼び、この別の世界を霊界(スピリット・ワールド)と呼んだ。
人間は生きている限り、霊界に入る事はないのだが、その霊界の善なるもの、諸力はこの世に移入する事はできるのである。
そこで私は、アポが低い声で話しているのに気付いた。
アポは私に思念を移入していたのであったが、私はその思念を理解できた。
私はその思念に精神を集中し、思念を要素に分解し、各要素の全体性をそしゃく咀嚼して、その中の統一性を会得した。
今までの総ての努力は、私の内なる霊力を会得するためのものだったのだとアポは言った。
この霊力は霊界と接触する媒体となるものだった。
さらにアポは言った。
「内なる霊力は自然に現われてくるものであって、この霊力によりお前は人間と霊界とを結ぶ生ける媒体となるのだという事を忘れてはいけない」
アポの言葉が真実だった事は、ある日二人が山奥から出て、ある小さな村を訪れた時に証明されたのだった。
そこへ行く途中でアポは、私がじきに自分の今まで学んだ事を実践に移せると語ってくれた。
私はその時を長いこと待っていたのだった。

以上、「わが奇跡の力」より、引用させていただきました。


なお、高橋信次著「心の発見・科学篇」
第三章 彼岸の縁
イエス・キリストの生命
の本文中には、イエスの分身がフィリピンで肉体を持っており、クラリオが守護霊で、指導霊はイエスの友人であるモーゼの分身が担当している旨の記述があります。
イエスの分身こそが、このトニーです。



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[ 2007/02/01 13:16 ] 瞑 想 | TB(0) | CM(7)

瞑想 7  現実と夢の狭間 

これまで私が書いてきた一連の所作を通して瞑想に入ります。
目を閉じて、意識して中の眼を開け、「見る感覚」で座ります。

しかし、眠気に襲われることもあります。(笑)
眠気と対峙して、自分なりに感じたり気付いたことを書いてみます。

目を閉じて、見る感覚でいると、真っ暗で何もない状態ではなく、闇の中に動く光の残像のようなものが見えます。(誰だってそうかと思います・・)
それを見ながら、かといって別に考えることは何もなく、無意識の状態でいるときのことです。

だんだんと起きている意識の状態と、眠りに入る意識の状態の、ちょうど「中間点」に居ることがあります。
それは身体の一部(手の指とか足の指)を動かそうとしてみると、動きます。感じます。

「中間点」・・・眠りに入るその狭間。意識的に微妙なバランス状態です。
その状態に入るときは、自分が瞑想に対しての意気込みが特に強いときです。
いつもその状態には入れません。
そのとき耳の神経が敏感になるような感じがします。
それは、部屋の何もない空間あたりから「ミシッ」とか「ピチッ」と普段は聞こえない音がします。

そして、何気なく見ている眼の中に見える、光の残像みたいなものが動いていますが、それが形に変わっていくんですね。
目の前で映像に変化していきます。夢の見始め、というものです。
そうなった場合は、いつも感じるんですが、位置的に閉じた眼の下方で左側の距離的に少し遠いところから夢が向こうから「やってくる」ような感じがします。
それを意識のある自分が迎えています。

その映像ができる源は瞑想に入る前に出ていた「雑念」の延長のようにも思えましたし、ある時の場合は、光の残像みたいなものをを見ていて一緒に「雑念」がでてきました。
その雑念が光の残像とミックスして映像になったことがありました。
出所が雑念の延長の夢ですから、ほとんどストーリーがしっかり出来ていません。
夢の出現の瞬間を自覚(見えて感じること)ができる・・・ということでしょうか。
その時、若干の指の動きは出来ます。

思い切って身体を大きく動かすと(足を組みかえるなど)夢は消えてしまい、普通の意識に戻ります。
しかし夢に呑みこまれると(夢の展開を知りたくなり夢を見ようと思うと)、
座ったまま、いつの間にか(今ある意識を自覚出来なくなり)完全に眠りに入ります。
身体が前に深く傾く格好です。しかし、イスから転落したことはありません。(笑)
そうなると、そこから先の「見た夢」はどうなったのか、ということは後からはよく思い出せません。
瞬時でも眠ってしまえば、夢は夢だからです。
普段、夢の想起はやっていないので特にインパクトがなければ、思い出すのが苦手な私です。(笑)
この中間点、眠りに入るその狭間というのは、何か微妙なバランスの上に立っているのは間違いない、と私は思います。
その何かは判りません。
感覚を言葉に表現するのは、果たして理解いただけるか、いつも思います。

瞑想中に大体そうなると、夢に支配されることが多いので身体を動かすか目を開けて、夢から脱出します。
そして、もう一度気を取り直して心静かに自分の身体と空気(周り)が一体になるイメージに戻ります。
大自然と一体になるイメージができたら、受動状態の無念無想に入ります。

ところで私と親しくして頂いている法友で、東大阪市在住の方がいます。
その方は、夜寝る時に(瞑想中ではなく)自分の過去世の様子が映像として、開けている目の、目の前の壁に展開した経験をお持ちです。
そのお話しを以前に聞いていたために連鎖したのか、どうかは判りません。

瞑想中に守護霊様の顔が見えました。
意識の位置が、その中間点にあったときの事でした。
いきなり大きく「顔」だけが見えました。
「この人は誰だろう・・・」と思ったら私の守護霊様だ、と気付きました。
私より細面で、肌の色が白かったです。
肩付近に着物の白い生地が少しだけ見えていました。髪はそこまでは、伸びていたようです。
しかし、目・鼻・口の形や髪の色は判りませんでした。
それは、夢とか自分がイメージして浮かんだものとは違います。
「見せていただいた」という感覚がありました。





[ 2007/02/05 17:35 ] 瞑 想 | TB(0) | CM(9)

瞑想 8  ジャブ、ジャブの練習 

中学生の頃に、週間少年マガジン連載で つのだ じろうの「うしろの百太郎」で初めて守護霊の存在というものを知りました。(笑)
主人公の危機を自分の守護霊から救われる、という心霊体験のストーリーでした。
その当時はオカルトブームでもあり興味をもって読んでいました。
守護霊の存在は誰にも在る、ということを漫画の中で書いてありましたが、守護霊は自分とは関係ない世界のことであり、それに対して私は架空の世界だと思い存在を否定していました。
また随分以前に、お昼のワイドショーというテレビ番組でドラえもんのご主人が司会で新倉イワオ氏がコメンテーターとして「霊」について週に1回、金曜日でしたか、放送があっていました。夏になると特集を組んで放送されているのを、その頃楽しみにしていました。
しかし、幽霊なんて見た事ないし、まして霊感について私にとっては、全然無縁とばかり思って興味本位の半信半疑でした。

ところで、GLA関西本部の岸田先生との「縁」は、つくづく有り難いものだ、といつも感謝しております。
当初、正法を思想的に捉えていた私に対する見解の誤りの指摘。
また、このようなことは、ご縁が無ければ自分一人だけの力では絶対に無理です。
「一人の時、人は孤独の空間に居るのではない」という実感を持つことができました。
これまで書いている通り、守護霊様を身近に感じ、異語を語れるように出来たのは先生から「光」を入れて頂いた時からが始まりでした。
先生からは、しっかりと異語を語り、それが何を言っているのか日本語に訳すことが出来るためには、もっと意識を高めて自分を変えるための日々努力の積み重ねがないと叶わないと仰いました。

異語に付いて、私が行っていることと感じたことを少し書いてみます。
座っている私を前にして岸田先生は「異語」を語られます。
異語は、およそ二千年前の古代のイスラエル当時の言葉や二千六百年前のインドに先生や私が生命を持った頃の言葉です。
異語を語りながら私の頭や心に、先生の体全体、特に手から発する光で私の心と体を調和していかれます。
20070216121431.jpg

そして先生は、私に対して「ジャブ、ジャブ」と繰り返し、声を出してください。
と促されます。
異語というのは身体を持っている人間が「しゃべろう」という意識がなければ守護霊様が入ってきても、言葉として出てこない・・・、そのようなことを先生は仰っていました。
また、想念帯に穴が開かないとうまく異語は出ない、ということも聞きました。

初めの頃とは違い、今はもう毎日やっているわけではありませんが、先生の所作を思い出して守護霊様と自分が一体となる練習をします。
練習するといっても駅前留学の英会話教室に通っているわけではありません。
職場で、誰もいない時間帯にします。

以前にもブログに書いていましたが、私の場合(今は何ともないのですが)初めの頃は守護霊様であっても自分の身体に入ってこられるのは怖かったです。
ある時、このようなことがありました。
心しずめて職場で深夜に電気を消して一人で「ジャブ、ジャブ」とやっていたら、両足の下の方から腰にかけて皮膚の表面に静電気をまとったような感覚がありました。
そして傍に人の気配があります。その人は、私の両足の方から入ろうとしているのが分かります。
自分はそれを求めているに関わらず、我が強いというか臆病なのか、自分が自分でなくなりそうな錯覚になり、その場で止めました。
後で先生にそのことを報告しましたら、傍にいたのは守護霊様だった、ということを教えていただきました。

その後、入って頂くのに抵抗が全くなくなった頃のことでした。
深夜、職場で「ジャブ、ジャブ」の最中、突き上げてくる想いで涙があふれた時のことでした。
その後、帰宅するため職場の入り口の鍵をかけて、歩いて三分かかる駐車場へ向かうときのことです。
タバコをワイシャツの胸ポケットから取り出す時でした。
日頃、肩凝り性ではないのですが、初めに気づいたのは肩が今迄には無いくらい軽く感じました。
おかしな表現ですが「肩」が無くなったような感じです。
そして身体全体がとても軽く、歩いている足の裏は地面の抵抗をあまり感じなく、宙を浮いて歩いているような感覚でした。意識はハッキリしています。
こんな体験は全く初めてでした。
その時、もしかするとあの世の人はいつも、こんな感覚なのかなぁ・・・。
自分は、この世に生まれてきて、地球に住めば重力の抵抗で身体も重く感じるし、余分な執着などにより心まで重くしてしまっているのかな・・・と思いました。

自分がちょっとした不思議体験をした後にそれを思い出すとき、なぜか自分の目線ではないんです。なぜか、かならず自分を後ろとか、横とか斜め上の方から見ている目線で思い出します。





[ 2007/02/10 14:35 ] 瞑 想 | TB(0) | CM(14)

瞑想 9  正定 (しょうじょう) 

以下再度、反省と瞑想で忘れていけないと思っていることに付いて高橋信次先生から引用します。
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正定(※釈迦が説いた八正道の最後の項目)の目的=禅定(座禅)

反省によって心が安定し、やがて不動心が養われてくるが、その不動心を日常生活の中に活かせなくては正定の目的は半減する。
正定はまた、実在界(※あの世)とのもっとも身近な交流の場であり、要は心の調和、安定、智慧の湧現が正定の目的となる。

反省=正定

魂の前進は正法(※釈迦、イエス・キリストが教えた真理)の正しい循環にあるのだから、(偏らない)中道の尺度で一日の言動、心の動きを反省し、想念の浄化、修正に努力をつづける。
反省後の瞑想は心と肉体のバイブレーションが神に近づき、晴れ晴れとした気持になる。
その気持で一日の生活を送ること。
反省後の瞑想は心が非常に整うものである。
この時、守護霊とも通じやすくなるので、心の中で祈願文(※信次先生がつくられたもの)を唱え瞑想をつづけなさい。

反省の禅定に入る前に、まず丸い、太陽のように広く大きく、あらゆる生命を生かす生命体(※霊太陽)を心に想像することだ。

瞑想は反省をしたあとでするようにして欲しい。
丸い心を心の中に描き、祈願文を静かに唱えることを忘れないで欲しい。
祈願文を唱えると、心が大宇宙大神霊(※God)、守護、指導霊に直結するようになり、さまざまな雑念から離れることができると同時に、魔の支配からも避けることが可能になってくる。
こうして瞑想をつづけるようにすると、やがて守護霊と交流がスムースにできるようになってくる。

また、以下の様に信次先生は言及してあります。

昭和49年「反省の仕方」

バイブレータが効くようになると(上下まぶたに振動が起るようになると)霊視が効くようになり、次元の違った世界が見れるようになる。
しかし、見たい見たいという意識で見ると閉じられます・・・欲望だからです。
目の右側に金色の光りが、ポツーッとついている事があります。
あの世の次元の違った世界を投影する一歩手前なのです。
しかし、執着心があると消されます。

以上。

以下、「集中力」角川書店から引用します。

ソルトレークシティ五輪の「内なる炎」は出場選手一人ひとりの目に宿っていた。
どの選手も目が輝いている。内部の炎の照り返しが目に出ているのだろう。
選手の内部がどうなっているか、余人にうかがい知ることのできない聖域だが、きっと脳からつま先まで集中力の束が走っているに違いない。
スピードスケートの清水宏保選手は最高の状態で滑っているとき、自分の周りが真っ白になり、外の音は何も聞こえてこないそうだ。
視野は30センチほどしかなく、自分が滑るべきラインが光って見える。・・・
とあります。

また、横綱の若乃花(おにいちゃん)でしたか、以前に私が書店で立ち読みした自伝の著書の中に書いてありました。
相撲相手との取り組み中、相手のまわしの一部分に瞬時「光」が見えることがある。
そこを狙うと勝っていた・・・このような事を書いてあったと思います。
このような似たような経験をお持ちの方はたくさん在るかと思います。

「光」。不思議です。
物理的に光源がないところで見えます。
特別に何か、それぞれ意味があるのでしょう。






[ 2007/02/17 16:07 ] 瞑 想 | TB(1) | CM(8)

瞑想 epilogue   

それにしても、「今の自分を変える」というテーマを前にすると
長年知らず知らずに周囲の影響を受け、様々な良いもの、悪いものを自分なりに取捨選択してきた、自分の人格の形成過程を振りかえざるをえません。

これまでの色々なことを振り返り、例えば
「これは良くなかった」ということや、
相手に対して「申し訳ない」
というものを思い出して、その原因と出た結果に対して、
「二度と同じ過ちをしない自分」
というものを作り上げたいです。
自分の思考や行動パターンを発見、自覚して心の曇りを取り除く作業(反省)は当然、瞑想のみで行うものではありません。
その気になれば仕事の合間や、お風呂、トイレとか食事中など、いつ、どこでも出来ます。

また「無常=永遠に定まることがないモノ」
に振り回されない自分をつくりたいです。
人間のモノに対する欲望は際限が在りません。
一時の満足で収めればいいものを、もっと欲求する気持が限度を忘れて、
知らない内に、心の歪みと共に苦しみを私は作ってきました。
でも心はモノと違い、おろそかにできないものだ、と気付く事が出来ました。
永遠に持ち続けていくものだからです。

「人間は元々、神と同根(ブランチ)である。神が人間をつくった」
と、教えて頂いています。
日常生活の中で、また瞑想を通して、常に神を信じ、自分を信じ、人を信じ、そして新しい自分の発見を願っています。
こんな自分でも、神の目から見た価値観に一歩でも近づきたい。
    
人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり
ひとたび 生を得て 滅せぬものの あるべきか

敦盛は、人間は長く生きても50年。
たとえ、いくら長寿であってもいつかは死を迎える。
死は全ての生命に平等に与えられる。
長生きをし、地位、名誉の栄華を誇っても、いずれ手放す時が来る。

・・・と、誰も避けて通れない生命と、栄耀栄華の無常観を詠っています。

しかし「この世だけではない、また来世に生きる」と思えばこそ、
不偏的な真実なるものを求め、自分の生き様をどう求めるかを真剣に考えさせられます。





[ 2007/02/19 19:07 ] 瞑 想 | TB(0) | CM(19)

「諸行無常」 高橋信次 

「諸行無常」      

この言葉は暗い韻律(いんりつ)を秘めているような印象を与えているが、とんでもないことである。
仏教にしろ、釈迦の名が我が国の一般民衆の間に知られるようになったのは、たかだか一五〇年ぐらいの歴史しか経ていないようである。
そうした中で平家物語にこの言葉が引用され、民衆に馴染まれたために、事実そのような響きを与えてしまったようである。

諸行(しょぎょう)とは大宇宙を含めた物質世界の生活行為を指す。
そうしてその生活行為は瞬時刻々変化変滅をくり返している。
常なき状態である。
生ある者は一刻といえども止まることを知らず、常に変化し、動いている。

諸行は無常(むじょう)なのである。

諸行無常を解釈すると、現象界の姿をそのまま伝えた言葉のように受け取れる。
ところが、この言葉には重大な意味が秘められている。
それは神の意思である。
生命の実態だ。
形あるものは生命の実相を通して存在し、絶え間ない変化の過程を通って生き続ける。
変化の形は変わっても生命それ自体の意味は永遠に変わることなき生き通しの我である。

生者必滅(しょうじゃひつめつ)の姿はあっても、魂の永遠性は不動である。
諸行は無常であるから生命は生き永らえる。
諸行が無常でなく有常なれば、物質世界は滅びるしかない。
有常とは生活行為の停止を意味する。
生死は動であるが、生のみがあって死のない世界は生命のない停止の世界なのだ。
あの世とこの世があって魂の輪廻があるのだから、この世に生死があり、絶え間ない動的な生命の永遠性があるのである。

無常は進化を約束する。

大変難しくなったが、私たちは現象の動きに心をとらわれてはならない。
生き通しの自分を失わぬことだ。現象界の動きに心が奪われ執着すると、その執着の分量だけ自分の心を傷つける。
地獄に苦しむ諸霊はその全部が現象界に心を奪われた人たちなのだ。
現象界は魂修行の場である。
魂進化の大切な場所なのだ。
その無常の場を有常の場に置き換えようとするから苦しみをつくる。

私たちの住む世界はめまぐるしく変化している。
自己保存と足ることを知らぬ欲望の渦といってよい。
しかし、私たちはこうした渦を恐れてはならぬ。
一日一日無常の真意を忘れず、不動の心で過ごすなら、神は祝福と安らぎを与えてくれるだろう。

恐れず、惑(まど)わず、正法(しょうほう)を心の中に打ち立てよ――。


以上
GLA関西本部発行 2007.3月号月刊誌より転載

タグ : 高橋信次:GLA誌より



[ 2007/02/27 13:43 ] 随 想 | TB(0) | CM(2)

初めての「内気功」 

昨日はオーリング診査を実施されている病院へ行きました。
過日、私は全身をオーリング診査していただいた時に
「オーリングによると肺に何か反応がある」ということでした。
ちょっとそれが気になったので、その場で精密検査を受けました。
肺のレントゲン写真とCTスキャンです。
その診断結果を聞きにきました。
どうも、タバコの影響を受けているようで病院の先生は、呼吸時の肺機能が若干弱っている、ということでした。
そうなるとタバコは厳禁だそうです。
仕方ないので、昨日から一切、禁煙しています。(汗)

診断結果を聞くこと以外に、もう一つ病院に行く目的がありました。
そこの診察室の上階フロアで、気功を教えて頂く目的です。
一週間前に見学をさせて頂いたのですが、その時なぜか気が向いて受講する気持になりました。
すぐに次回からの受講を予約しました。
受講受付が済んだ後、気功の先生(韓国の方、二人)が仰るには、気功には大きく分けて「内気功」と「外気功」があるそうです。
内気功は自分で行う養生気功です。太極拳を連想する動作です。
それに対して、内気功で養った気の力を外に出して、他人のために気を与えるのが外気功だそうです。以前、私が宗 茂氏から受けたのは外気功です。
これから私が定期的に病院で教えて頂くのは内気功の方です。

私の診断結果を聞かれていた女の看護士さんから、肺機能を高めるために、しっかり呼吸法を受けてきてください・・・と激励をいただきました。(笑)
上の階のフロアに上がると六、七名の受講生がいらっしゃいました。
どうも私だけが新参者のようです。
初回は基本姿勢と呼吸法を教えて頂きました。
姿勢がしっかりしていないと、うまく「気」が出せないし、「気」を回すことができない・・・その様なことを言ってありました。
姿勢が大事なことの証明として、数名の中の一人の方に対して、
「この方は姿勢がいいですね。さっきの構えをもう一度してください」と先生が言われます。
その方は「これで良いですか」と構えられます。
先生は「この時に、腕のここに気が大きく出ているのが分かります」
「みなさん、分かりますか」と聞かれますが、数人の内の誰も分かりません。
先生は「では、この方の腕のここと手のひらを触ってみてください」と言われ
私も、数人の皆さんも触りました。確かに熱かったです。

下半身の基本姿勢は、足を肩幅位に広げて足首を若干内股にして、膝を曲げます。
お尻は後ろに突き出し、背筋はしっかり伸ばした格好です。
手は左右をおへそあたりに重ねて置きます。
ゆっくり鼻から息を吸って吐き出します。この姿勢を「馬法」(まほう)というそうです。
これが基本姿勢です。それから応用動作があるようですね。
この姿勢の維持は、かなりきついです。日頃体がなまっているのが分かります。
慣れないため、大腿筋の外側と膝頭、腰のところが、かなり痛いです。
さっき、この姿勢をやってみたら、今のところ私は三分間が限度です。(笑)
少なくとも一週間後までには、十分間の姿勢維持を保てるようになりたいです。





[ 2007/02/28 13:45 ] 気 功 | TB(0) | CM(12)
  1. ..
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