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活命法のVTR 

病院で教えて頂いている韓国式、内気功「活命法」のビデオを紹介いたします。
ただし、映像は健康のための内気功ではなく武術としての活命法です。

活命法の練習風景ビデオ
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P1000310.jpg

実家の庭に咲くアジサイ。アジサイといえばカタツムリ!
カタツムリを探しましたがいませんでした。笑!
それにしても九州北部は入梅が遅いです。

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元来「活命法」は、武術から生まれたものです。
教えて頂いております金先生のお話では、過去は護身ならびに人を殺傷するための武術だったそうです。汗!
内気功を韓国でやっていた人は第二次世界大戦とか朝鮮戦争、内乱などで軍隊に強制的に入らされました。
それを嫌ったわずかの方は山間に逃げて立てこもり、ひっそりと隠れて内気功に磨きをかけていました。
戦争で命を落とすことなく、山間に残ったわずかの方が現在の活命法を伝えているそうです。
こちらで紹介しているビデオは武道派の流れを引き継いでいる「活命法」だそうです。

内気功には大きく分けて、動きがない「静功」と身体を動かす「動功」があります。
動功でも、ゆっくりな動作と激しい動作があります。
おもに習っているのは静功とゆっくり動く動功です。
一つひとつの体位を教えて頂くたびに、なぜそのような動きがあるのか、を説明されます。やはり護身と攻撃からきています。
たとえば片足を上げるにしても股間を相手の攻撃から守るためでもあり、手首の動きも護身からすぐに攻撃に移れる構えとなっています。

現在は少しずつ動きが早い動作も取り入れられ、飛び上がる前の段階の動作を一部分、習っています。
活命法のビデオに出てくる、カンフーみたいに思いっきり飛び上がって激しく動く動作はまだまだこれからです。笑!

ビデオをご覧頂けると練習風景がいろいろと映っているので、私が習っている体位やその雰囲気が伝わって頂けると思います。

野外練習を映されている中で、静功の姿勢で立っている弟子に先生が棒を持って足腰や腕を叩いたり馬乗りになったりしている場面があります。汗!
もちろん私が習っている金先生は、そんなことはされません。笑!
現在こちらで教えて頂いている「活命法」は、「気」の流れを良くするため、健康のための内気功です。

それにしても韓国語・・・何を言ってあるのかが、さっぱり分かりません。笑!



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P1000311.jpg

職場で育てている食虫植物です。
長~い茎の先に、とっても可愛い花を咲かせてくれています!


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[ 2008/06/04 15:16 ] 気 功 | TB(0) | コメント(-)

爆睡、要注意! 

P1000328.jpg

こちらの橋は職場に向かう途中にあります。
筑後川支流に架かっています。



P1000325.jpg

低い位置の河川敷なので周りは建物とかは、あまり見えません。
見渡す限り、のどかな風景です。
橋のたもと付近は、ちょっとした広場になっています。
魚釣りをしている人もあれば、勤務の合間でしょうか。車中でお昼寝をしている方も・・・。

夜間でも、ここに車を止めて一晩、寝ている方もいます!
(深夜、職場の帰りに通った時、翌朝方にも同じ車がありました)

夜間に駐車してある方は、設置してある看板をご存知なのでしょうか?
うっかり目が覚めたときには・・・川の中。




P1000326.jpg

なんだこりゃー!!

「ナニコレ珍百景」かも。爆!



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P1000324.jpg

こちらも職場へ向かう途中の風景!です。
道路わきで、ずっと飽きもせずに抱き合っています。
毎日、目にするたびに腰に回している手が何ともいえず・・・
相思相愛だね。うらやましい。爆!



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久しぶりにリンク先へ、少しずつ訪問させて下さい。
ヨロシクお願いします!

P1000318.jpg

口の長い管を伸ばして、今から蜜を吸おうとしているところです。笑!



タグ : myPhoto/Movie



[ 2008/06/08 12:48 ] 随 想 | TB(0) | CM(24)

Life's Compass 人生の羅針盤 

先日、あおさんの記事でバイオリズムについて少しばかりふれてあったので、それを思い出してこの記事を書いています。


Compass のコピー


これは知る人ぞ知る計器です。しかし、ちょっと難しすぎます。汗!
昭和40年の当時は二千円で販売されていて、直径はCDとほぼ同じです。
この中古は滅多に市場に出ませんが、数度、以前のヤフーオークションに出品されていました。一番高値は150万円でした。汗&笑! 落札している人はいなかったと記憶しております。
羅針盤について、ご存知では無い方に対しては意味不明です。ごめんなさい。説明をかなり省略しています。

使用説明書によると、この計器の正式名称は「人生数表羅針盤」とあります。
説明書には以下、書かれてあります。抜粋いたします。

------------------------------------------------------
私はこの研究のために三十年近く、生命と大自然の因果関係を科学的、物理的に研究し非常に電気に関係深いことを発見した。
それが総てエネルギーの循環によって規則正しい変化を持続している。
私たちも大自然界に生存する以上その法則に従って生命を保ち
私たちの「絶対位置」は、自分の生まれた年月日でありこの世における宿命はこの生年月日が総て知っている。
年月日の「陰性」「中性」「陽性」を知って自分の生まれた日より始まる宿命の春夏秋冬は自分自体のリズムであり、リズムの中で常に因果関係が作られ苦楽が生ずるのである。
大自然の法則と生年月日を根本にして、人生の羅針盤を作り、その羅針盤が私たちの過去、現在、将来を指している。
外国人、日本人総てに指針は合致し、その正しさを多数実証している。
(抜粋は以上)
------------------------------------------------------

まず自分の生まれた年(西暦)・月・日の数字をそれぞれ数の根本である、1~9の数に置き換えます。
その置き換えた三つの数字が自分の基本数となります。
また三つの基本数を加算して根本数に置き換えた一桁の数字が自分の持つ絶対数となります。
たとえば対人関係において相性を見るときに相手側の年月日を合計して一桁の単数に置き換えます。その数字を合成数といいます。
その数字と自分の持っている数字といろいろと比較します。
そのように、生年月日・年齢・当年・絶対数・対象の合成数の陰・中・陽を確認します。
対人関係以外には電話番号とか、住んでいる土地についている地番、持ち物でも相性を判断することができます。
一時は自分との相性を知ることに興味ありましたが、今は全然、興味ありません。
先に書きましたように、たまたま先日コメントで少しふれたので、羅針盤を思い出しました。

ちなみに私の基本数は、8・7・2です。そして絶対数が8です。
家内の基本数は、8・7・6です。絶対数が3です。
娘の基本数は、8・7・1です。絶対数が7です。
息子だけは、まったく違います。私の母親に近い根本数です。
私と家内と娘・・・凄すぎ。笑!
8・7の同属がぴったりそろっています。っつうか、そろいすぎ。
せめて絶対数が同じでなくて良かった。笑
一つ屋根の下で、とっても似たもの同士となっています。
合う、合わないの「相性」というは、この世的な判断ですが、「縁」は前世からのつながりです。
そういう意味で「相性」と「縁」は似ていて非なるものですが、仕方ない。爆! 
これも縁ですね。これは、同属による反発が発生します。だから、かなり悪い状態。笑!
良い時と悪い時が重なりすぎ。笑!
・・・って、以前は一時期、思っていましたが、今では全然気になりません。

宿命は変えることが出来ませんが、運命は自分が変ることで周りも変ります。
そうなると悪い時期に、悪い変化は起きないでしょう。

ところで不思議なのは・・・
もし自分の生まれた月日がよくわからない場合は、(昔はそういうことがあったようです)両親兄弟または子供の生まれた月日により自分のうまれた月日がわかるとか。
驚きです。

ナインボックスの数意(数が持っている秘められた意味)です。
1 真・智慧・科学
2 善・良心
3 美・創造・ユートピア
4 調和・安らぎ・運動
5 勇気・正義・行動力
6 徳・秩序・礼節
7 愛・利他
8 慈悲・繁栄・幸福
9 信・救世

そして自分の三つの根本数が全部違う数字である場合と二つが同じ数字の組み合わせの場合、そして三つとも同じ数字というパターンがあります。
それをパターン別に見ると・・・
三つの数字が一つずつ違う場合は「中道」です。
二つ同じ数字の組み合わせは「過剰」です。
三つが同じ組み合わせの場合は「超過剰」とあります。汗!
たとえば、生年月日が1970年8月8日など。これは8が三つ。

そのパターンの具体的な数意は、ここではひかえさせて頂きます。

なお、羅針盤の数意による意味解釈などは、いろいろとあるようです。
どれが本当なのか分からなくなっちゃいます。笑!
どれが本当というより、結局どれも同じかも。


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P1000334.jpg

この花の名前は知りませんが、陽に照らされると紫の花弁がすごく艶が出て輝いています。
雨に濡れた姿も綺麗でした。



P1000332.jpg

だんだんと色があせてきたアジサイ。
そして、ぜんぜん動こうとしない、この二匹。ちょっと気味悪い。爆!



P1000337.jpg

サトイモの葉に溜まった水滴、というより水。誰でもそうだっただろうと思いますが
小さい頃は葉の上で水をころころさせて遊びました。今はしませんが。爆!





タグ : 人生の羅針盤



[ 2008/06/17 23:10 ] 随 想 | TB(0) | CM(21)

一番弟子だった方 

仕事の合間にちょっと手が空いていたので、鍵付きのロッカーに私が所有している高橋信次先生関連のカセットテープを整理していました。
その中に懐かしいカセットテープがありました。そして懐かしい手紙。
高橋信次先生に一番最初に弟子入りされた、村上宥快和尚の講演テープです。
高橋信次先生ご帰天後は既述している通り、GLAは大きく分裂しました。
その後、村上和尚さんは独自に会を作られて法を説かれました。その頃の講演テープです。
私はその会には何も関連していません。
その数本の講演テープは和尚さんの奥様から頂きました。

平成8年のことです。
その当時は、もう既に和尚さんは帰天されてあります。
村上和尚さんが執筆された「調和への道」と「心と行い」の二冊に感銘を受け、読み終えてさっそく、東京の高田馬場にある「観音寺」に電話しました。
電話に出られたのは奥様でした。
村上和尚さんのこと、そしてご著書のこと、また法のことなどをいろいろと伺いました。
初めて奥様にお電話した時に、私の中で感じるものがあったので、何度かそれ以降、お電話で会話させて頂きました。
だいぶ前のことで覚えていませんが、何度くらい奥様へ、お電話したんだろう。
そして往復5回、お手紙のやり取りもありました。
その5通の手紙は今も大事に残しております。心のこもった美しい文字です。
正法は、派手な教えではないので焦らずゆっくり長く精進されてください、というようなことも書いて頂いております。
また村上和尚さんの講演テープ以外に、和尚さんの写真が三枚、手紙に添えられていたことがありました。
紹介しております写真は、その中の一枚です。
それからちょうど仕事が忙しい時期に入り、以後、奥様へは何も連絡はしておりません。すっかり忘れておりました。

そして、たまたま前記事で「羅針盤」のことを書いていたので、そして手紙も出てきたので当時の奥様とのやりとりを思いだしながら書いています。
ということで、「羅針盤」に関連した内容を、村上和尚さんの著作の中から抜粋させて頂きます。
もし、ご興味ございましたらご覧下さい。
私の手元に著書「調和への道」が数冊、予備として保存しています。
抜粋だけを読まれて、その著書の全容をお知りになりたい方がありましたら、ご連絡ください。
連絡はメールでお願いします。本を送付させていただきます。
また、村上和尚さんの講演にも興味ございましたら併せて連絡いただければお送りいたします。私の手元にだけ置いていても、もったいないです。




当時、奥様はご高齢でした。
あれから12年も過ぎています。
あの頃はありがとうございました。
今も奥様はご健在でお過ごしなのでしょうか。




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本日19日の午前中まで問い合わせをして頂いた方、ありがとうございました。
メールでは熱心な方ばかりで嬉しさと驚きでした。
「調和への道」は私が予備として保存している分は、あと二冊のみとなりました。
後日、私からメール返信と共に発送いたします。著書またはCDは進呈いたします。
送料だけのご負担(着払い)をお願いします。今しばらくお待ちください。
今後、お問い合わせの方がございましたら、残りの二冊は進呈ではなく
「貸し出し」ということに致します。ご了承ください。


【上記、貸し出しは現在は終了いたしました】


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村上和尚
観音寺庫裏で。柔和なお姿の村上宥快氏



村上宥快著 「調和への道」より
九章 恩師との出会い

一大転機をもたらせた「人生の羅針盤」

印度仏蹟巡拝の旅を終え、半年程は映写機を持ち報告を兼ねて飛び歩いていた。
それ以後になって私の心に心境の変化を覚えた。私の心の奥で〃お前が五十歳になると心に大きな転機が起るであろう〃という声が聞こえてくる。自分自身の声ではないようだが、未だ且つてこんな現象体験はなかった。
全く信じ難い実情であった。何故五十歳なんだろう? 道を求めて、仏道に帰依して三十五年あまり、既に修行をするには肉体的にも限界を過ぎ、断食の修行では三七、二一日を三度も修したが、正覚への道は遠く、やがて五十路に足をふみかけてしまったのである。今生では求法も可能性から見放されたような気持になって来た。求聞持の法にしても、壱百日はかかるし、前後の行法を併せると、一年の日時は要する。焦りと断念しか考えられなくなっていた折だった。
はて、声なき声の主は一体なんだろう。薄気味が悪いがどういうものか、しかし、悪感情はなさそうにも想えるのであった。
私は家内ともう一人弟子にこの実情を打ちあけた。身辺にもしものことがあると困ると思ったからであるが、それから一年は、何事もなくまたたく間に過ぎて行った。
この頃私は既に悟りということから見放され、今生という人生を自覚することを半ば、断念とも、諦めともつかない心の中に、一線を引くことになるかも知れないと想ったことが度々ある。
そんな観念の中で声なき声は、あたかも暁にはばたく鳥のような心にも似て、明るい希望が招来されるかの如く蘇ってくるのである。転機、それは一体どんな転機なのか?
或日花埃りの強い戸山ヶ原の黄塵が、廊下を一面に覆った日であった。中玄関に客のあるのが聞えた。妻が応待に出て、盛んに対談をしているのが、私の居間から聞える。二十分程して妻は円盤型の平たい器物を持って来て、これは大変重宝なものです、と言った。人の生年月日で、その浮沈や生命の流れが判るのだという。一個二千円程だから買って置いた方がいいのではないかと、私に勧めるのであった。私は半信半疑ながら、何故か興味が湧いてきた。そして、そんな便利なものなら買っておいたらよい、と言った。私も玄関先まで出ていって、セールスの男に会った。押売りには見えない、五十路を半ば過ぎたかと思える身なりもきちんとして背広を正しく着込んで何処から見ても紳士然としている。髪の毛は一寸薄くはなっているが、七三に分け、口のきき方も賎しくはない。やがてこの男はおもむろに器物をとり出し使い方の説明を始めた。こちらで自分の知っている人の実例を掲げて、聞いてみたが大体適中するのに驚くと共に半ばうっとりとしてしまう程強く引きつけられてしまった。
遂に居間に案内して、早速使用方法の実例を聞いてみた。全く面白いようによく当たるのであった。この器物に「人生の羅針盤」という名称のパンフレットがついていた。
人生の羅針盤のことからこの男は足繁く来るようになり、その後は昼食など一緒にして私も人生の伴侶と思うほどこの羅針盤に信をおくようになってきた。しかし、この男は慣れるに随って寸借をするようになり、九月頃になると足が止った。十月が最後に消息を断ったのである。
この男は佐野守禅といって、伊豆のさる寺の後継者だったが、身を持崩して野に降ったという話であった。
私はこの不思議な羅針盤の研究を根本的に続けたかったので、寸借されたことなど余り気にはしなかった。


恩師との衝撃的な出会い

十一月頃になると止むに止まれぬ気持が涌くようになってきた。そこで羅針盤のパンフレットを探し始めた。パンフレットの奥付に、発明者の名前が書いてあったはずだが、何処にいったのか見当らない。本棚の隅、箪笥の中、天井裏、物置きの中、家の中は畳の下まで剥いで見たがどうしても見当らない。そして、探し求めて三ヵ月が過ぎた。何気なく茶の間の箪笥の引出しを開けると敷紙の下から、見覚えのあるクリーム色の小誌が出て来た。その時の喜びは、とても筆舌に尽くし難いものであった。
まぎれもなく発明者の住所と氏名が燦然と輝きわたっている。これだこれだと、妻に告げた。
胸のときめきを押えながら、〃高橋信次〃この人だ。大田区大森西三―四―四、早速電話帳を繰って番号を調べた。夢中になって何かに憑かれたように、電話をした。「高橋様ですか」と言うと、すぐに答えが返ってきた。「高橋信次です」その声音は全く慈悲に満ちあふれた音量であった。
実は先生の羅針盤についてお伺いいたしたいのですが、というと、先生は待っていたと言わんばかりの応答だった。先生のご都合をお聞きして是非ご指導を仰ぎたいと申し上げると、快諾されたのである。何故かこの時の感情は異様なときめきと、来るものが来たという胸の中の思いが吹っきれたようであった。
二月になって気候もゆるみ、粉糠雨の降る日、妻と二人で先生のお宅を訪ねた。
この時妻は今の観音寺を救う人は、此の人をおいて外にいないというのであった。不思議な発言をしていたものである。案の定その通りになった。
立合川の川岸の近くは住居と街工場のある街並であった。
二階の応接室に通された。先生自ら案内をしてくれた。ソファーがあった。余り立派なものとはいえない。この洋間に製図盤がひっそりと部屋を占めていた。直ぐエンジニアであることが分かった。
私も自己紹介をして、観音寺という寺の住職であることを申し上げた。年の頃は私より十歳ほど下であることを知った。妻も何か物凄く人懐しく思ったようだ。直ぐに十年の知己のような感じになった。これが後になって釈迦の再来であられるなど思いもよらなかった。
暫く経って人生の羅針盤の話になった。佐野守禅氏の話になったが、彼は消息を絶った時既にこの世を去っていたということだった。
高橋信次先生のお話では、羅針盤を二、三百個売り喰いされたとのことだった。
私にしてみれば大変な恩人である。正法に結びつけてくれた掛け替えのない人だった。
何がしあわせとなるかは分からぬものである。この後一ヵ月に一度、或いは隔月位に先生のもとに足を運ぶようになった。
翌年もまたこの人生論を科学化して勉強が続いた。自然科学の中の人生の心を教えられてきた。
この人生の羅針盤とは、私達にとって、最も身近な天体である太陽系の中の月と地球と太陽を指している。
私達人間はその肉体という生命は誰しも生まれた年と月と日、この関係、即ち生年月日に起因している。その生年月日に基づく何かの仕組みが存在することを薄々感づいていた。
人間は、人生の摂理の中で生きているのである。これが人生の自覚、悟りへの道を知らず知らず歩んでいたことに、私はまだ気付かなかったのである。

以上



タグ : 人生の羅針盤



[ 2008/06/18 15:34 ] 随 想 | TB(0) | CM(11)

初めての YouTube! 

携帯から撮ったムービーを YouTube にアップロードしてみました。
(ムービーを全部取り込んだ後に見ると画像がコマ切れにならないようです。)


休日は特に用事がない場合、自宅で小学5年生の娘と遊んだり、ピアノの練習を見ています。
ちょっとした音楽会です! (≧∇≦)
ピアノは幼稚園の先生の推薦で、6歳になる頃からピアノ教室に通わせています。
初めたころは音符がうまく読めないので私が譜面上の音符の読み方や、リズムを分かる範囲教えたりしたこともありましたが、今や早いテンポで細かいところまで弾いています。もう私が口を出すことはありません。

最近はショパンのワルツ集、古典ではベートーヴェン、モーツァルトのソナタを練習しています。
昨日はベートーヴェンの「月光」を練習していました。
「初めのところはだけは目を閉じても弾ける」と言ったので
本当かどうか確認しているところです。笑!
意地悪!みたいに鍵盤に布をかぶせました。爆! ←私はたまに、こんなことをしています。笑
途中で嫌がりました!

下手な演奏ですが、お時間がございましたら、ご覧下さい。



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タグ : myPhoto/Movie



[ 2008/06/23 15:10 ] 随 想 | TB(0) | CM(19)

馬鹿な猿 1 

タイトルが変。笑!
実は「執着」のことなのです。

私は、普段の日常で心が少しばかり重く、波動が若干荒いなぁ・・・。
と、感じるときは私自身の内面に何か心配ごとがあるのか?
それとも何か引っかかりとか、離したくないものがあるのではないのか?
など、自分自身に問います。早くその気持ちから遠ざかりたいために。
もし、重荷があるとしたら、それは間違いなく「執着」だそうです。
ところがその原因がわからない場合があります。
気付けない、ということです。もちろん、そういう場合は「反省」というものが浅い証拠でもあります。
おそらく大きな出来事による原因ではなさそう、と判断したら自然と軽くなるのを待たざるを得ません。
でもその原因になっているもの。小さなことだろうとしても、それに気付けないというのが・・・
ちょっと悔しい。笑!
私も気付かない馬鹿な猿なのか。汗!

「執着」といえば、高橋信次先生の「猿」になぞられた、この話しが頭から離れません。
私は、一つの小さな執着が心に食い込んだら、これは、なかなかそれを切り捨てるのには時間がかかります。
過去の私にはいろいろとありましたが、たとえば、「物」であれば、初めは「大切にしたい大事なモノ。」
次第に次の心境の変化がおきて、「これは他に譲れない・・・。手放したくない。」
ついには、「それを奪われるのでは、と思える相手には、ちょっとした敵愾心を知らずのうちに抱いてしまう。」
これはもちろん、物質的な「物」、あるいは、「ことがら」だけには限りません。

そこには、愛着やこだわりというものの線引きが難しいところがあります。
線引きというのは、きっちりと白黒をはっきりと付けなくてはいけない、と考えているわけではありません。何事も白黒をハッキリつけすぎると、融通の利かない人間となります。
そうではなく、ボーダーラインを知っていると線をわざと踏み出す余裕!も持てるし、我慢して踏みとどまる!という自覚がもてます。人間だから誰しも持っている苦しい「執着」を少しばかり楽しめる余裕のことです。

現在の私は「執着」というのを忌み嫌っている心境から抜け出せないので、それが理想のようにも思えます。
それは盲目の人生、誰しも先が見えないので不安があります。その不安は魂修行としてすんなりと自分に受け入れることにも似ていると思います。
苦しみ、悲しみは自分の精神修養であり糧になるものだと思え、苦労を苦労としない、買ってでも苦労をしてみる、という勇気です。
というのも、私の祖父の姉が私と会うたびに、耳にタコが出来るほどに、常に私に言われていた言葉があります。
「苦労は買ってでもせよ」と。小さい頃は、そんな馬鹿なこと、と思っていました。
その祖父の姉は傍から見たら苦労人でした。でも苦労を苦労と思っていなかったようです。それは明治時代の人ですから時代背景もあると思います。苦労することに精神的に余裕がありました。
私に対してしつこく言ってあったのも自分のためになる、と知っていたからこそ、だと思います。それを思い出すたびに敬服しております。
私は苦労は買ってでも・・・という心境にはなれませんが。汗!

自分の心を重くする限度を知っておく、ということですが、限度は価値観とも似たもので、人それぞれ違うと思います。
たとえば極端な例かもしれませんが、あの世の基準ではどうなんだろう?
と考えるときがあります。すみません。いつも「あの世」ばかり言っています。笑!
あの世では心の大きさにより、段階があるそうです。
上段階は仏教でいうところの如来。次に菩薩となっているそうです。
如来は粗末な服を着ていて身に飾り気がありません。モノに対するこだわりがありません。後光だけやたら大きいそうです。
少し下の段階の菩薩は装飾品を身に着けています。ネックレスや冠など。これは如来に比べてモノに対する執着が若干残っているためだそうです。それでも天上界では心の広さでいえば、ずっと上の段階の住民です。
また、高橋信次先生が、ある「支部長」の守護霊を呼ばれた時に出てきた霊は戦国時代の武将でした。その霊の格好は、しっかりと「甲冑」に身を包んでいたそうです。その甲冑は「戦闘用」ではなく本人が気に入っていた「儀式用」の甲冑です。
その高橋信次先生の「霊道現証」を聞きながら、ふと思いました。
死んで天上界に行ってまで、なぜ装飾品や甲冑を着ておく必要があるのだろうか?
高橋信次先生の講演を聞いて、そう思ったのは私だけなのでしょうか。

高橋信次先生は日本人だろうと外国人だろうと関係なく、あの世には賽の河原(三途の川)は実際にあると言われています。
お伽の世界の話ではない、人に悪いことをさせないための方便ではない、と言ってあります。
その賽の河原には、生きているときに死んでまでして持ち込んだ執着を捨てる場所があるそうです。
歴史上の様々なモノが転がっているそうです。それを捨てなければ、重くて川を渡れないとか・・・。
例として書きました菩薩の装飾品にしても、守護霊の甲冑にしても天上界に持ち込んでいます。
持ち込んでいるというか、後で思い出して着けているのかも知れませんが。
ということは、それくらいは重い「執着」では無いということになります。

自分なりの心の中で重くなる執着の限度を知ることなのだ、
と、私は講演テープを聞きながら、そう思いました。
もちろん私自身は、自分の限度というものはまだ、わかりません。

原因になるものは小さいうちに芽を摘んでおきたいものですが、どうしても知らず知らずのうちに気付かずに、自ら呼び込み育ててしまいます。
早くそれに気付くことですが、少しばかり発展しないと自覚できない・・・。
それは心に潜在された90%の内在されている「あの世」の意識世界を認識できないために起こるのであり、つまり10%の表面意識である五官(目・耳・鼻・舌・身)に頼らざるを得ない盲目の生活なので執着を持ってしまうのは仕方ありません。

高橋信次先生という方は、ご自分の心に内在された過去世での偉大な記憶を紐解かれました。
つまり表面意識層を占める層の割合が、大悟されて大きくなられたため、過去世の記憶を元に釈迦当時の教えと現代仏教の違いを説かれました。その偉業は素晴らしいものです。
高橋信次先生は仰ってあります。
四十何年か生きてきた、この「高橋信次」という名前の人間は大したものじゃない。
それよりも内在された智慧が素晴らしいものです。これが発見できることは私だけの独占物ではありません。皆さまにもあるのです。・・・と。

後になりましたが高橋信次先生の「馬鹿な猿」のお話を要約して書いてみます。
似たような話しは信次先生ご著書の「人間釈迦」の第三巻にもあります。
他にも似たような話は聞いたことがあるような・・・。

長くなりすぎましたので、続きは後にUPしています。


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タグ : 馬鹿な猿



[ 2008/06/25 13:15 ] 随 想 | TB(0) | CM(2)

馬鹿な猿 2 

続きです。

出来事は戦中時の頃のようです。

余談ですが信次先生の戦中時のお話では園頭広周先生(高橋信次先生のお弟子)関連のHPの中に、このような記事があります。
「信次は陸軍幼年学校から士官学校に進んで航空士官となって出兵。その時、十二時間、海に漂い海防艦に救われる。それは不思議とイルカが信次のそばに寄って来てくれたので、米軍の機銃掃射を免れたことによるが、信次の身体には弾丸の破片が残った。」

それとこのお話しの舞台が関連するのか、関連しないのかはわかりません。

また、信次先生は昭和46年12月13日に、このようなことを述べてあります。
こちらも戦中時でのお話です。

高橋信次先生はフィリピン海上にてアメリカ軍戦闘機との空中戦で信次先生が操縦されていた戦闘機は攻撃を受けて墜落させられます。
その時のアメリカ軍の飛行機はB51戦闘機で時速550kmで飛行。
信次先生側は キ84 ハヤテ
(奇跡的に残ったこれと同機種の戦闘機は鹿児島の知覧特攻会館で私は見たことがあります)

信次先生は、この戦闘機で時速600kmを見方の二機で飛行されていたそうです。
その時に進行方向にハエみたいな黒いツブツブが見えたそうです。見えたところでは、もうどうしようもない。相手敵機の時速と合わせると合計時速1,150km。
相手の高度が3千メートルなので、こちらは高度を三千五百~四千メートルに上げないとならないが間に合わずに落とされた、と話されてあります。
マニラ湾に、二機の戦闘機とも焼け落ちたそうです。そして奇跡的に助かってあります。

ところで本題の以下の話はマレーシアのボルネオ島での出来事です。
マレーシアはフィリピンとは、海を隔てて隣同士の島です。
マニラ湾上空で落とされてボルネオ島に上陸されたのでしょうか?
その当たりのことは、私は存じておりません。

逸話みたいになってしまい、話しがそれました。戻します。


以下、昭和46年11月20日の高橋信次先生のお話しです。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


私(信次先生のこと)が昔、ボルネオに居た当時・・・、昔と言ってもこの現象界でのことです。

飛行機に乗っている頃の戦争中にたまたま、その場所で、そのときに戦友と
「猿を捕まえてみようじゃないか」と相談しました。

そして、「どうやって捕まえればいいんだ。」
ということになり、

「あぁ、あいつは簡単に捕まえられるよ。」

私は、「冗談じゃない。くるくる回って椰子の木の上に登っていくので捕まらないよ。」

「いやっ、簡単だよ。ありゃ、馬鹿だからなぁ。」
って、相手が言うから

「へぇー、じゃ、どうすりゃいいんだ。」
ということになって、

「椰子の実を取ってきて、それをきれいに、えぐっちまえ。」・・・と。
それは、「彼(猿)の手が入る、ぎりぎりの大きさにしておけ。」さらに、
「穴を丸くしておいて、その中にマンゴーをひとつ入れておく。」
「一方の方(穴を開けた椰子の実の反対側)を縄で括って木につないでおけば
朝になれば彼らはマンゴー欲しさに来るよ。」
と言います。

それを試してみました。

ところが猿は、なるほど馬鹿でした。捕まえられました。

手を椰子の中に入れたままでした。
それでも彼はマンゴーを離せば、手は簡単に抜けるんです。
それを彼はマンゴーを欲しさに人間に捕まってしまったのです。

そしてこちらは木につないでいる椰子の実を縄からはずして、
暴れないように彼の頭から紙袋をかぶせました。
それから完全に椰子の実を割りましたところが、
まだ手にマンゴーを持っていました。

皆さん、こういうのを執着というのです。
そういう執着を持っていると、これはどうにもならないのです。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


あえて、「執着」の意味を改めて手元の大辞泉で調べると
一つのことに心をとらわれて、そこから離れられないこと。
とあります。

まさに猿は、それを欲しさに自分の身と引き換えに、つかみ離しませんでした。

このお話しは会場の一会員さんの質疑に対する信次先生の応答です。
そもそも、あの世の地獄霊や動物霊がなぜ、人間界にやってきて禍いを起こすのか?
という問いに対して、地獄に落ちる理由はほとんど「執着」にあるということを強調して話されています。
地獄に落ちてもこの世の地上界で持っていた執着を死んでも離さない・・・と。


信次先生の話中で私が印象に残っている一つを抜粋して書いてみました。

初めは短く簡素に書くつもりでしたが、またまた、だらだらと焦点のない長文になりました。汗!
ご覧頂きまして、ありがとうございました。


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P1000338.jpg

しるしい毎日。雨が続きますね!



タグ : 馬鹿な猿



[ 2008/06/25 13:18 ] 随 想 | TB(0) | CM(20)

癒される川辺の小さな自然 

小さな自然を紹介してみたいと思います。

職場に車で向かうルートはいくつかありますが、銀行あるいは買い物などの用がないときには、のんびりとした自然が広がる筑後川の河川敷堤防を走ります。



P1000391.jpg

こちらの風景も河川敷堤防横のすぐ下に広がる小さな自然です。
葦の森公園というそうです。
周辺部落の方々が荒れないように管理されています。




P1000386.jpg

案内板にありますように有明海に注ぐ筑後川には、少しばかり珍しい生き物もいます。


私の仕事は夜がメインなので、朝とか昼の時間はある程度余裕がもてます。
職場に向かう途中、気分転換にのんびりと、この公園を散策することもあります。

たまたま、案内板に紹介されている オオヨシキリ が遠く鳴いているのが聞こえていました。

間近で聞こうと思い、さっそく車から降りました。
この鳥の姿は見たことはありません。調べて初めてこんな姿だと知りました。笑




P1000389.jpg

堤防の上から写した、一枚目の写真にある小さな立て札です。
近寄ってみますと、

アシの森公園の由来
人間が50年かけて汚してしまった川を
150年かけて美しい川にしようと
2004年 その一日目を 踏み出した!!
川辺りの会

と書いてあります。

一旦汚してしまった自然を取り戻すには3倍もの年月が・・・

毎年GWの頃、川辺りの会の方が地域住民と共に葦を刈り取る作業をしてあります。
昔はこの葦を刈り取って、夏の陽を緩和してくれる、「よしず」を大量に作ってあったそうです。
現在では、「よしず」に替わるナイロン製のようなものもあるようですが、自然で作られたものが一番ですよね!
「よしず」の需要が減ったために葦を刈る人がいなくなって、川辺が荒れて自然が一時期失われたのでしょう。
最近のニュースでは、過去に鉄板を次々と落として閉め切りした、「ギロチン」と形容された長崎県の諫早湾干拓事業で佐賀地裁が、潮受け堤防の5年間開門の判決を出しました。
いつか元の自然にもどってもらいたいものです。




P1000390.jpg

ここで内気功の練習をすると、地からの気を頂けそうです。
でもここは上の堤防を通る車からは丸見え。笑!
したくても出来ません。はずかしくて。爆!


この日は空が曇っていましたが、すがすがしい風が、あたりを吹き渡り、ざわざわと葦の擦れる音とオオヨシキリのギーギーというような、さえずりに癒された気分になりました。
少しばかり携帯のムービーで撮ってみました。

撮り始めたらすぐに偶然にも、かわいい!お客さん。
というか、相手からすれば私が自然を覗き込んでいるお客さんですが。笑!
右の方に何かがピョン!と跳ねました。
茶色っぽい、野うさぎです! 狸ならたまに見ますが、野うさぎなんて初めて見ました。
ほんの十メートル以内の至近距離です。
見た瞬間、「何もせんけん、こっちに、来んね!」って思いましたが、そばには来てくれませんでした。当たり前。爆!
携帯のムービーだから普通のデジタルムービーと違って、ズームがあまり効かない。汗!
近寄ったら一気に逃げられる!と思い、じっと動かずに、ほんの数秒間の撮影です。

お時間ございましたら下手なムービーをご覧下さい。
野うさぎが小さくしか映っていません。残念。笑!
でも風が葦をゆるがす音と、オオヨシキリのさえずりは、しっかり入っています。
野うさぎは、かわいらしい目でした。
何度か、ピョンピョン飛び跳ねては、立ち止まり、こっちを振り向いていました。
野うさぎとの短い時間の出会いが嬉しかったです。


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タグ : myPhoto/Movie



[ 2008/06/30 13:15 ] 随 想 | TB(0) | CM(27)
  1. ..
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