「心の在り方」 高橋信次先生講演 

以前からの、高橋信次先生講演の再掲です。

高橋信次先生をご紹介させて頂く目的で書いています。
少しでも皆様の何か参考になれば・・・と思います。
ご興味ございましたら、お時間が許されるときに、ごゆっくりご覧下さい。
かなりの長文ですので、読み逃げ・スルーは大歓迎!です。(≧m≦)ぷっ

以前の続きです。今回、追加した文章(2008.08月号)は色を変えて下の方に up しています。

以下、GLA関西本部発行の月刊誌より転載。2007.8月号~

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この稿は、昭和49年3月10日、GLA関西本部定例講演会での内容をテープより書き起こしたものです。

演題 「心の在り方」

大阪(GLA関西本部) では、定期講演としていつも第二日曜日に皆さんにお目にかかっています。
一年に十二回しか来ていないのに、毎日ここに来ているような感じ、気がします。
『光陰矢の如し』と言いましょうか、一年が過ぎるのがまことに早いものです。
今まで皆さんに講演を通していろいろおわかりになった方もありますが、GLAという所は別に制約がありませんから、あらゆる人が参ります。
この中にも私などはるか足元にも及ばないような宗教体験を踏んで来ている人もいます。
今日、たまたま朝のテレビ討論会を聞いておりますと、文教委員会の一部のグループですが、現代の教育方針というものをどのようにしたらいいかお互いに討論しております。
自民党の委員の方は、教育のベースアップをして多くの人を増やして教育行政というものを活性化しなくてはいけない、などと話しています。あとは似たり寄ったりの話しでした。
しかし、現代の社会情勢というものを見ますと、むしろ、いくら金をやる、上げる、環境を良くするといったところで、人間本来の本質を忘れてしまっている連中に、飾りばかり付けたって無駄だということです。
我々が人間としての偉大なる価値をしっかりと反省させ、人生の目的と使命を果たす方法を教えてやることが大事なことなのです。
日本の総理が東南アジア諸国を回ってきて、あのような不調和な歓迎を受けた結果、日本人の道徳教育がなっておらん、道徳を教えなけりゃいかん、教育をしなければと・・・・・・。
教育方法というものも、日本は長い歴史の中にまことに不自然な一つの道徳というものをつくりだして来た。
そういうものを復活して教えたところで、これが正しいかということは非常に疑問なことで、日本的ではなく、もうすでに私たちは世界的、地球国家的なものの考え方をしなければならない時期に来ております。
特に戦後はまったく道徳というものは日本の学校教育の中にありません。
ただ数学や物理、英語や他の学問が出来て、英才教育に徹して、一流大学に行って、社会に出る。
社会はまた、この基準によって地位というものが約束されている。
心など無くてもいいのです。国家試験においてもまたしかりです。
そういう人たちが日本人的な本当の道を忘れて、他の国に行ったならば、外国的なものの考え方とウンと違ってきます。
商社が派遣しているところのエリートの人々は、自分自身の業績を上げるだけのことに汲々とし、その国の人々との対話を怠っています。
おのずからして疎外されることは当然です。
自分たちはエリートだ、そういう考えがありますから、底辺の諸外国の人たちとの心の断絶が生じてまいります。
自分たちには休みもある、あるいは仕事中でも都合によってはゴルフ場に出かけてしまう。
クーラーの効いた部屋の中で安全に生活を送ってしまう。
こういうところから現地の人々はだんだんと差別されてきますから、不満が当然あのような形で爆発してくるのです。
そこへもってきてそういう爆発性のある国民のところへ、日本の心無い人たちが行きます。
そういう人たちが一つの思想を教えに行きます。東南アジアはほとんどそうです。
昔の大学といえば品性と教養をしっかり学ぶはずだったんだが、今の大学といえば無法地帯。(※当時の大学生による反米紛争)
しかも、勉強、勉強、勉強ばかりでノイローゼになるくらいです。
小学校は中学校の予備校みたいになって、心というもの、やすらぎはひとつもありません。
品性というものを養う場所もありません。
それは、なぜそうなるのか。
まず、私たちがこの地上界へ生まれてくる前には、皆さんは全部、天上界にいたのです。
まぁ、いろいろな宗教家たちは、貧乏したり病気をすると、前世が悪かったんだ。
あるいは、先祖がこういう悪いことをしたから、今あなたは貧乏しているんだ、苦しんでいるんだと、うまいことを言って教えるのです。
また、動物霊やあるいは地獄霊もその人に教えます。
それで、名前でも戒名でも確かに当たると真剣になってしまいます。
そりゃぁ、そうだと・・・。
ところが、そういうもの(動物霊や地獄霊)は、簡単に皆さんの(家の)お墓でも何でも見る力を持っているのです。
人間のこの眼で(肉眼だけで)見ようとするからおかしくなるのです。
動物霊でも地獄霊でも、簡単にそんなことは言い当てることが出来るのです。
そのご婦人と一緒に来たお嬢さんの場合も、後ろに憑いているところの悪霊・・・、
女性は魔王になれないので・・・、
まぁ、魔王の使いぐらいですね。
その憑いているものが、そばで
「この者の家の先祖はこういう悪いことをした。そのために今、この娘はおかしくなっている」
と言うのです。
まぁ、こうやって・・・手を上下に振って出てきて、飛び上がるのは大抵キツネが憑いています。
ところが人間は、それを解らないものですから、
あぁ、先祖が出てきたと思ってしまうのです。
ご婦人の方もお嬢さんを連れていって見てもらって、そう思った訳です。
その内に、こういうものをあげなさい。
先祖にはこういう戒名をつけなさい。
ハイ、戒名代はいくら。こういうものはいくら。
と言われて買ってしまう。
神様には大分お金がいるんですね。
ところが、私の所へ来るとお金はいらない訳です。
・・・では、そういう風になってしまう原因と言うのは・・・
本来は皆、光明に満たされた美しい心であるが、この地上界という場に出てしまうと、皆さんはすべてわからなくなります。
まず、あの天上界という所から皆さんは出て参ります。
お父さんお母さんというのをちゃんと決めて出てくるのです。
三ヶ月ぐらいになりますと、天上界から皆さんの魂はお母さんのお腹の中へ入って自分の肉体舟を確認します。
あぁ、これが自分の肉体だなと。
(あるいは)この辺がちょっと傷んでいるけど(先天的な身体の障害)、まぁいいやと。
少しぐらい肉体に欠陥があるほうが、この世に生まれて、(そのことに対して)何か疑問を持って最後には悟るであろう・・・と、初めからわざとそういう状態で生まれてくる人もいるのです。
(そういう人は)何らかの疑問を持つようにと思って出てくるのですが、生まれてしまうとそれらをすべて忘れて、親を恨んじゃう。
こんな肉体に生んでどうしてくれるんだ・・・と。身勝手なものです。
こうして、それぞれの目的を持ってこの地上界へ出てきます。
十月十日、九ヶ月、空気にふれると同時に皆さんの意識はいったん全部沈んでしまいます。100パーセント沈みます。
その後、徐々に心の中の本能の領域がボツボツ出て参ります。
そうしてお母さんのオッパイをしゃぶるようになります。
それが固体保全、慣性の法則、本能も慣性の法則によって、人間は永遠の生命として、口を通して食べ物を摂るようになっているのです。
本能の領域は、生まれたからといって親が教えなくともちゃんと解るようになっています。
その内におしめが汚くなったりすると泣いて周辺の人たちに教えるようになってきます。
これも本能的感情です。
本能的感情というものは、徐々に徐々に芽生えてきます。
ほとんどは生まれて一週間から1~2ヶ月ぐらいは、寝ている時に誰もいないのに、一人でニコニコ笑っています。
笑う練習をしているのかなぁと思った人もあるでしょうし、他にもいろいろな話はあります。
その状態を心の目で見ますと、赤ちゃんが笑っている時は、光の天使たちが側に来て、頑張れよ、お前の生まれた所は厳しいぞ、大丈夫か・・・・・・と、心配したり激励したりしているのです。
まあまあ任せておけよ。必ずやるからと、皆さん(赤ちゃん)は自信たっぷりに答えています。
あの世に帰った時に、シマッタ!と言わないようにすることですね。
それで、光の天使や魂の兄弟といろいろ話し合いをしているのです。
意識の面で話し合いができるのです。
ですから、本人(赤ちゃん)は笑っているのです。決して笑う練習をしているのではありません。
よく見ますと、羽を付けたエンジェルとか、あるいはちゃんとした大人が側にいて話をしている時もあります。
まぁ、その場合でもほとんどが、やります、頑張ります、と言っています。
もちろん、今度は魂の兄弟たち、あるいは指導霊・守護霊というような人たちも、しっかり頑張らなければいかんぞ、こういう家庭では大変だ、将来は・・・・・・。と話しています。
親を見ても、お母さんを見ても、こりゃえらいことになるぞと、皆さんの場合、なかにはそう思わなかった人もいたでしょうが、まずまずほとんどの人がそう思いますね。
こうしているうちにだんだんと視覚神経が発達してきます。
自分のお母さんや身近な人を記憶するようになるのです。
他人様が入ってくると泣いて騒ぎます。
この辺から、我というものが出てきます。
自我の芽生えですね。
意識(心)の中の感情と本能の分野、そして知性の分野が徐々に膨張してきます。
しかし、理性というものはまだ利きません。
九ヶ月目、徐々に足も発達するようになってきます。
自分が欲しいと思ったら泣いてでも取ろうとする、親がそれをひっぱたいてやめさせようとしてもそれは無駄なんです。
自分(親が)の思うようにならないからといって、最近ではロッカールームか何かに入れてしまう人もいます。
まぁそういう人は、あちら(あの世)へ行ってからゆっくり挨拶されるから覚悟することですね。
生きているうちにちゃんとしておいた方がいいですよ。
人は、真の道がわからなくなるからそういう人たちが出てくるのです。
お互いに親子としての約束を反故にしていくのです。えらいことですね。
こうしてだんだん成長し、満一才になりますと、結構物事がわかるようになってきます。
それぐらいだと、まだあまり罪をつくっていませんから、魂の兄弟たちは、次元の違った世界から安心して見ています。
あの世では、この世は立体モーションピクチャーで見ることが出来るのですよ。
あの世からこの世を見ますと、そのままズバリ見えるのですよ。
たとえば、拡大して見ることも出来ます。
この世のテレビジョンでは二次元、すなわち平面の世界、スクリーンに映るものしか我々には見えません。
ところが、あの世からこの地上界を見ますと、そのままの姿で見ることが出来ます。
四畳半なら四畳半そのままが映ります。畳の目までハッキリとわかります。
そのことを皆さんが知らないで、誰もいないのではないかなぁと思っていますけれど、あの世からは、皆さんのすべてのことがみんな見られているのですよ。
光の天使や、あるいは皆さんの魂の兄弟たち、また、肉親の関係の人もいます。
昨年の七、八月頃のことでした。
幽霊の出る季節というとたいてい夏ですが、出やすい時期のようです。
Aさんといわれる方の奥さんが亡くなりました。
それからわずか六ヶ月目に新しい奥さんをもらいました。
小さな子どもがいますから、仕事に行く上において面倒を見てもらう人がいなくては困る、何とかしなくてはならないということで早く再婚したのです。
ところが、夫婦そろって同じ布団の中で寝る十一時頃になると、その辺からボツボツおかしな現象が起こってくるのです。
仏壇の中の位牌がガタガタといって揺れるんですね。
「仏壇にはお線香も燈明もつけ、お経もちゃんとあげているのに、夜の十一時頃になって私たちが休む頃になるとガタガタと・・・・・・。傍らに印をつけておいてもその位牌が動くのがわかるんです。」とのことです。
さぁ、皆さんどういうわけでこんな事が起こってくるのでしょうか。
早く言えば幽霊です。ところが、その事を知らないで新しい奥さんが心を忘れていたら、今度はその奥さんも二の舞を演じるのです。
といって一般の宗教家たちは、そうなるとお坊さんを呼んでさっそく成仏させなきゃいかん。
特定な宗教家たちは、さらにまた良い戒名をつけてやらなければということで、ますます”南無妙法蓮華経”の熱も高くなる。
そんなことで彼らが鎮まるならばたいしたものです。
嫉妬に燃えている地獄の霊なのですから・・・・・・。
私ならば姿が見えますから、奥さん(地獄霊)、あなたは何で死んだのですか。
自分の旦那さんが新しいお嫁さんを迎えなければならないような小さな子どもを残して、あなたはなぜ死んだのですか。
死ななければそんなことにはならないはずです。
いつまでもこの家に、そして子どもたちに、ご主人に執着を持ってはいけません。
あなたが何故早死にしなければならなかったのか、その原因はどのにあるのかよくしっかり反省しなさい。
あなた自身の心の中に大きな歪みを持ってノイローゼになり、この地上界を去った。
その原因がどこにあったのかを、あなたは自分の嘘のつけない心でよく反省してみなさい。
前にサーッと来ましてね。もちろん幽霊です。
この間の研修会の時に出て来た幽霊は、ちゃんと頭に三角のマークを付けていました。
白い着物を着て幽霊らしく手をこうやって出しておりました。
ところが、その時の幽霊はそんなことをしておりません。
もう悔しくて悔しくて仕方がない、死んでも嫉妬しているんです。
決して幽霊は夜だけに出るのではありませんから、昼はわからないだけなんです。
皆さんの傍らにもいっぱい来ているんですよ。ただ知らないでいるだけです。
それで肉体的に不自然な現象が出ているんです。
この中にもそういう人がいます。自分でそれがわからないだけです。
”知らぬが仏”というのも、そんなところからきているのでしょうね。きっと・・・・・・。
こうして、そのご夫妻の場合もこんこんと教えてやりました。
結果、死んだ奥さんの幽霊は出てこなくなりました。
嫉妬をしてもしょうがない。それから位牌も動かなくなりました。
いいお墓を作ってやったから彼らは成仏したんじゃないのです。
なぜ、どうしてそのようになったのか。
そして、生きている人々に迷惑をかけてはいけないのだということをよく教えてやることが大事です。
そして、残されたところのご主人や新しい奥さんたちも、自分自身というものの心の在り方、生活の在り方というものを正しくしていかなかったら困ります。
先程の下町の方の幽霊となって出て、後ろの方に憑いているのも同じなのです。
それでは何故そういうものを呼び込むのかということになるのですが・・・・・・。
そこで私は、ノイローゼの方に、あなたはしばらく黙っていなさい。
後ろに憑いている者も黙っているようにと言い聞かせ、母親に話をしました。
奥さん、娘さんの病気を治す前にまずあなたから直さなければいけません。
自分の娘がおかしくなっているのに、家柄だのご主人だの、周囲の事を心配したりして、まるで他人事のようです。
そんなことより、可愛い娘のためなら自分の命を投げ出すくらいの心構えが必要です。
それを家柄だの地位だの名誉だのと、そんなくだらないものに執着を持って娘さんをここに連れてきているのです。
奥さん、あなたは自分から直しなさい。
心を裸にせずして娘さんだけを治そうたって治りませんよ、裸になる気持ちがあるなら私の所へ来なさい、と。
そこでいつも質問することなのですが、奥さん、あなたの家には”ゴキブリ”は出ないでしょうねと言うと、
いいえ、たくさん出ます。
では、どういうところに出ますかと聞いたら、流し台の所です。それも薄暗くてジメジメした場所に必ず出てきます。
そうですか、地獄霊も同じです。あなたたちの心のジメジメした所、夫婦の不仲、子どもとの対話の不調和、このような不調和な場が、あなたたちの家庭の中にあるから地獄霊が憑いてくるのです。
何故、このようなことが起きたのだろうか・・・・・・。その原因はどのにあるのだろうかと、それぞれ皆さんが追求していったならば、思っていること行っていることの中に、必ずどこかに片寄ったものの判断行為があるということを、皆さんは知らなくてはいけません。
そういうくらい世界に、暗い環境に、暗い人々に、地獄霊はいつでも憑く条件が整っているのです。
本来、地獄というものはなかったのです。
人類がこの地上界へ出て来て、この地球上という場において、神の身体であるこの環境を大調和させると同時に、一人ひとりの魂・心を豊かにするということが大きな目的です。
ところが、人間はだんだんと自分さえ良ければいいということになってしまったんです。
では、この自分さえ良ければいいということが何故悪いのか。
皆さんは一人で現実に生きていくことが出来るでしょうか。出来ないのです。
自然界を見なさい。動物も植物も鉱物も、お互いに相互関係にあるはずです。
植物に水が無かったら、また、植物に太陽が無かったらどういうことになりますか・・・・・・。
地球という所は約71パーセントが水圏です。
太平洋・大西洋・河川・小沼・池等、そのような場所の大量の水を蒸発させ、この地球という、いわば陸地に慈雨を降らせ、植物は根っ子から葉っぱからそれを吸収します。
皆さんは吸った酸素を空気中に戻す時、二酸化炭素(CO2)を出します。
人間というものは、化膿した所は二酸化炭素。燃焼しても二酸化炭素を出すのです。
植物はその排出された二酸化炭素を吸収したうえに、光の合成によってデンプンやタンパク質、脂肪を彼らは自分で作り出すのです。
その植物を皆さんは自分の血や肉や骨にするために食べているはずです。
そしてまた、食べたものを出します。出たものは、今度は植物が同じように自分の血や肉や骨(肥料)にします。
いわば、植物の彼等の生活環境というものに協力していきます。
こうして動物も植物も鉱物もお互いに相互関係の協力があってこそ自然界というものが成り立っているのです。
人間は、いたずらに知識が先走っているために、自分のことだけしか考えないようになってしまったんです。
そうなりますと、お父さんやお母さんたちは、自分ができなかったことを子どもにやらせようと期待をかけ、勉強勉強とうるさく言います。
そして、よそのお子さんが何処何処の一流大学に入ったときくと、親までも大騒ぎになります。
それで一流大学に入ったら何かもう将来が全て約束されたような気分に陥るのです。
こういう教育方法をいつの間にか一般の人たちがやってしまい、その結果、親と子がお互いに話をする機会が無くなってしまったのです。
お父さんは仕事で忙しい、お母さんもそれぞれ忙しい、こうして生活の場というものが自然と物質経済が中心となっていきます。
物質経済さえ満たされれば人間は幸せになるのだというものの考え方です。
まぁ、新興宗教など、ですね。
お布施を増やせ増やせ、各支部から増えたその率によってだんだんと自分の立場を良くしようとする。
そうすると幹部になればなるほどお金が必要となり、苦しくなってきます。
まぁ、当然なことです。こういうのをバチ当たりというのです。
私は宗教を知りませんが、関係のある守護霊がそばに来ていろいろ話をしてくれるのです。
ですから、すぐにわかってしまいます。
こうしてそういうもの(自分の立場)に執着を持ち始めると、苦しくなってきます。
そこから早く逃げ出そうとするとバチが当たる。と、少しぐらいそれを信じていると本当に現象が出ます。
これも軽いノイローゼです。
ところが、この女性のようになりますと、自分がわからないから大変です。
子どもさんが四~五才ぐらいの時に、お父さんお母さんが子どもとの話し合いがあり、こういうことをすればお前は良くないのだ。
お前が今やっていることは良いことだと、良い悪いのけじめをはっきりと子どもに教育することなのです。
親の感情で子どもを教育してはならないのです。
親子の対話をちゃんとはかって成長していく人たちは、ノイローゼなんかには絶対になりません。
だいたいノイローゼというのは、早ければ小学校の四~五年から、そして十五~六才ぐらいまでの間に出てきます。
だいたい中学校の一~二年生頃から無口になり、親はそんなことは知らないから、うちの子はよく勉強していておとなしいですわ・・・・・・と。
そのおとなしいはずの子どもがおかしくなってしまう。
これがほとんどですね。ノイローゼになりますと、自分の心というものの起伏が大きくなります。
今言ったこととコロッと変わってしまいます。
そして、彼等(地獄霊)は夜に活動するのです。
昼間は地上界には三十億の人たちが、地球の半分にしても十数億の人たちが生活しています。
金儲けだ、何儲けだと不調和な心がどんどんと発散され、黒い霧に包まれています。
ですから、地獄霊は簡単に出て来れない。
彼等(地獄霊)は、地上界のこの人たちが欲望から離れ、寝静まった夜の一~二時頃になると、おもむろに時計の振り子の振動を利用して魔王あたりが出てきます。
ノコノコと暗いところへ。そのカッチン、カッチン、カッチンという振動に合わせて彼等(地獄霊)はちゃんと憑いてきます。
そうすると、ノイローゼの人たちはその頃から元気が出てきます。
昼間はダラーンとしているが、夜になると起きてきていろいろなことをするのです。
彼等(憑かれる側)は、すべて原因は外にある。自分ではない。悪い原因はすべて自分以外の人にある、と思っていますから、親を、相手をうらみ、ねたみ、そしるのです。それは徹底したものです。
私の所へ連れてこられたそのお嬢さんも同じですね。
(昼の)三時頃ですからまだ元気がない。
後ろに憑いている者(地獄霊)もあまり元気がないわけです。
私たちの前に出るとその姿がはっきりと見えていますから、本当は怖くてしようがないのです。
ですから、(地獄霊は)私たちのところへ来るのをとても嫌がります。
お譲さんとよく話しをしようと思い、地獄霊に対して「お前はちょっと横に去りなさい。」と言うのですが、地獄霊は「前にいる人の言うことを聞いちゃいかんぞ。聞けば、今晩ウーンと色々な面でお前を苦しめてやるぞ。」と、お嬢さんに向かって言っているのです。
「ちょっと待った。地獄霊よ、お前はこの女性を苦しめると言っているけど、そういうことを言っちゃいかん。」と注意しました。
電車の中で、一人でブツブツしゃべったり、笑っている人がいます。
そういう人たちを皆さんは見かけたことがあるでしょう。そういう人を見ると、あの人は何をやっているのだろうと不思議に思いませんか。若い人たちならば、受験の季節だから英語か何かを口ずさんで一生懸命暗記でもしているのだろうと考えられますが、ところがそんなんじゃない。
いい男が、いい女がこれをやっている。一人でブツブツ言って、ニヤッと笑っている。そんな光景を皆さんは見たことがあるでしょう。
あれは、独り芝居をしているのではないのです。側に同じような仲間が来ているのです。ところが、皆さんには肉体を持った人しか見えないものですから、あの人は少しおかしい、一人でニコニコ笑っていると思うのです。その時は、その人の肉体の船頭さんは、その肉体の外と両方で話をしているわけですから、皆さんには分からないわけです。
私もよく電車に乗りますから、一人でニヤッと笑っている人に会います。僕たちが側にいると彼らの後ろにいる地獄霊には分かってしまうのです。電車の中で問題が起こると困るから顔をかくし、彼らは見られていることを知っているので警戒してきます。ですから、隣の駅辺りでコソコソと降りていきます。こういうのは、精神科の先生たちにはほとんど見えません。
ところが、人間は誰でもがそれを見ることの出来る能力があるのです。
ただ、皆さんが自分自身の心というものの在り方、正しいという基準、こういったものをよく分かっていないから、心がスモッグに覆われているため分からないだけなのです。あらゆる諸現象を見る能力がある人々のことを仏教の言葉で ” アボロキティーシュバラー ” と言います。
皆さんは 『般若心経』というものを知っているでしょう。あの中にある観自在菩薩(かんじざいぼさつ)というのは中国流に直した言葉なのです。インドの当時の二千数百年前の言葉では、アボロキティーシュバラー、すべてを見通す能力を持っている、ということです。人間は誰でもその能力を持っているのです。持っているけれども自分がその力を出し切っていないというだけなのです。ノイローゼになっている人々は、自分の心がだんだん歪(いびつ)なってしまって、自分の目で見たこと、体で感じたことをストレートに判断してしまう。どうしてそのようなことになるのか、その原因というのは何なのか・・・・・・。
この世は、地獄の暗い世界と天上界の世界が入り交じっています。あの世という天上の世界は生まれてきた世界です。光明に満たされた実在の世界です。そして、非物質的な世界です。それはすべて善我です。
皆さんは、自分の心に嘘はつけませんが人には嘘をつくことができます。
昨日、子供たちに訊(き)きました。あなたは人に嘘がつけますか?と言ったら、小学校三年の子供は、たまに嘘をつきます。小学校五年の子供は、はい、たびたび嘘をつきますと答えてくれました。大人になったらどういうことになってしまうのでしょうか・・・・・・。皆さんは人に嘘をつけても自分の心に嘘はつけないのです。その嘘がつけないという世界が実在界なのです。
今、我々が住んでいる世界は立体の世界です。この宇宙も立体です。
こういう立体の世界の中に三次元の世界を包んでいるところの四次元以降の世界、こういう世界があって、この世界から皆さんは生まれてきているのです。
物質の肉体と、あの世へ帰る肉体(光子体)とが一体となって今、皆さんはあるのです。このような物質を通し煩悩を通して、常に正しい心で判断をして生活していると、天上界へ帰ることが出来るのです。
お金、お金、地位や名誉や、これだあれだといって自分の欲望を追い求め、足ることを忘れた生活をしている人たちは地獄界に堕ちてしまうわけです。物質だけを頼りにして、目で見たり、耳で聞いたりしたことにとらわれ、毎日の生活が正しい基準を失ってしまうと、地獄界というところに堕ちてしまいます。反対に、心を中心としたものの見方をし、慈愛の心で生活をしていれば天上の世界へも黙っていても行けるのです。
しかし、人間はたとえ地獄へ落ちても天上界へ上がれるようになっているのです。それには、何百年苦労するかわかりません。人生わずか70年80年というのは、線香花火のようなものです。
お年をある程度召された人たちが「あぁー、今まで70年間自分は一体何をしてきたのだろう。」と言われるのを聞いたことがあるでしょう。70年間はついこの間のように思えるものなのです。過ぎ去った時間というものはそのように早いものなのです。若い人たちも、若い若いと思っていてもシワが増え、肉体は老骨化し、やがて死んでいくのです。肉体そのものは自分のものではないのです。
皆さんの肉体は、この地上の場に適応した肉体を、我々の肉体先祖が皆さんのためにくださったものです。ですから、自分の肉体だと思っても、実はこれも自分の肉体ではないのです。無常なもので常ならず、やがてその肉体を捨てて新しい光の肉体、光子体を持って帰らなければならないのです。この光子体は今、皆さんと同居しているのです。人間は、このようにあの世とこの世を転生輪廻している永遠の生命なのです。
そのお嬢さんの場合も同じように、懇々と教え、なぜ彼女がノイローゼになったのかということを考え、小さい時からのことをいろいろ分析すると、お母さんの教育の間違いが出てきました。間違っているので、もうすでに聞く耳を持たないお嬢さんに、お母さんがいくら謝っても無駄なのです。
さて、後ろに憑いている者よ、今から一週間の間私が懇々と道(正しい行ない)を説こう。その結果、私の手元からお前たちはどこへも行くことが出来なくなるぞ・・・・・・。(と、話しました。)
皆さんは宇宙って広いなぁと思うでしょう。ところが、皆さん自身の心が調和されてまいりますと、こちらの本当の肉体、すなわち、光子体が大きく膨張し、宇宙になってしまうのです。これを『宇宙即我』と言うのです。お父さんお母さんからもらった肉体(原子細胞の)は、芥子粒(けしつぶ)のように小さくなってしまいます。
禅定していると、自分自身の光子体の一つひとつの細胞が大きく膨張してくるにしたがって大きくなりますから、地球が手の中に入るまでになってくるのです。この体験は皆さんも自分で出来るのです。そのためには心を調和させることが大事です。皆さんの今までのこと、1才から現在までの行いを一つひとつ正しい心の基準によって反省し、心の曇りを晴らすことです。
自然の公害、スモッグは人間が作ったものです。そのスモッグが神の光と同じように太陽の光をもスモッグでさえげってしまうのです。思うこと、行うこと、自分さえよければいいという不調和なものの考え方がスモッグを作ってしまったのです。

我々は、先ずそのお嬢さんに自分自身のものの考え方、心の在り方を教えていきました。
その人が二日目に一人で私の所に訪ねてきて、「一人でこんな所へ来るなんて不思議です。もう5、6年こんなことはありません・・・・・・。」と言うのです。2回3回と来ているうちに憑依霊は憑けなくなるのです。
台所の非常に湿気の多い所へ、お天道様の光が入るように改造したのです。自分の中へ取り込んでいる心のスモッグを取り除いていったからです。そして今、その方はGLAの会員の方の所へ勤めています。
ただ大事なことは、”なぜ” ”どうして”というような難しいことではなく、皆さんが今、思っていること、行っていることがいかに人生を左右するかということなのです。そして、片寄らないということなのです。
よく、仏壇とか神社で手を合わすことがあります。
手を合わせるということは、自分の身体の中の両極端、右の極端と左の極端、これを捨てて真ん中に持ってきて、中和、調和するということが本当の中道の道なのです。
皆さんがよく塩をまきますね。塩をまいて清めるとか言いますね。塩をまくというのは”しょうがないから”(しおがないから)ということではないのです。これはあくまでも中和ということ、清めるということなのです。
塩は NaCl で、塩化ナトリウムと言い、塩化ナトリウムはどうなっているのかと言いますと、水酸化ナトリウム NaOH という極端なものと、もう一つの極端な HCl という塩酸、この塩酸の酸性と塩基性の両極端がバチッとくっつくと NaCl という塩になるのです。
水もまた同じでしょう。H2O という水は、酸素と水素という両極端なものです。両方とも燃焼すると爆発するものです。その爆発性の物がくっつくと最も安定した水になるのです。
だから皆さんは、仏様に水をあげたり、神様に水(とか塩)をあげたりするわけです。お線香とかローソクとか、こういう物は(本来の原点をたどると)本当はいらないものなのです。
それは、インドの当時、暗いところで(夜、お釈迦様が)講演をします。誰もが顔を見て講演を聞きたいわけです。みんなローソクを持ってきます。
今のような文明的なローソクではありません。松明のような物を持ってきて、それをあげてその光によって皆さんに説法をしたのです。お線香をあげたのは臭いからです。
当時の人たちはお風呂には皆入らないのです。現代の皆さんはお風呂が大好きですが、インドの当時の人たちというのはお風呂に入らない。しかも、山中で修行している人たちは毒虫あるいは毒ヘビ、こういうものから身を守るために自分の身体に、いうなれば除虫菊(じょちゅうぎく)のようなものをしぼって身体に塗ったわけです。
汗と両方ですから臭くてしょうがなかったのです。そこで、身体から出る異臭を消すために『センダンの香』というものを焚(た)いたのです。これを発明したのがゴーダマ・シッタルダー釈迦牟尼仏の十大弟子の一人、プルナーヤーヤンプトラーという難しい名前の人です。
それは、センダンの木を切って、これをきれいに細かくして乾燥したものを焚くと、その臭い匂いが消えてくれる訳です。
ですから、本来お線香というのは、そういう匂いを消すための香料だったわけです。ところが、現代ではいつの間にか仏壇には「お線香」ということになったのです。
人間というものは不思議なものです。仏様は仏壇にいる。お墓にいる。あるいはお寺にいるというようになってしまったのです。
本当にいます。神理を知らない人たちには、そこは地獄界を展開しているのです。皆さんが心の眼を開いて、お墓などに行ったならばビックリします。
たしかに、お墓はもうすでに原子細胞の肉体の捨て場であるはずなのに、まだ執着を持っている。死んだ肉体に執着を持ってお墓に行ってあげることが信仰だと思っているのです。
皆さん、私の言うことが信じられないのならば、どうぞやってみてください。先祖の皆さん、どうぞ供養しましょうとお墓にでも行って、一生懸命に拝んでみてください。そして、本当にお墓にいるのならば、私の肩に憑いてくださいと言ったならば、地獄にいるものがガバッと憑いてきます。
そのうちに、朝起きたらこっちが痛い、あっちが痛いと言い出し、お医者さんへ行っても治らない。どうしたんだろうということになってくるのです。
俺にはそんなものは憑かないという人がいれば、やってみてください。お墓参りに行って、「家(うち)の先祖の皆さん、本当に地獄に堕ちているなら私が救いましょう」と言ってみてください。本当の救い方が分からないし、見えていないからどうすることもできない。どうぞ家へ一緒に来てください。私のそばにいてくださいと言ったら、その晩から身体が冷え冷えしてきます。そして心の中がいつもイライラしてきます。
ですから、一生懸命に神様と称する地獄霊を拝んでいますとだんだん身体がおかしくなってくる。色々な面でおかしくなってくるのです。
(次号に続く)


ここまで長文をご覧いただきまして、ありがとうございます。
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オニユリです。なぜオニの名前がついているんだろう。
どれも恥ずかしそうに、うつむいて咲いていました。笑! 2008.08.04





テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

タグ : 高橋信次:GLA誌より



[ 2008/08/04 16:45 ] 随 想 | TB(0) | CM(39)

GLA関西本部 History 2 

以前にも述べておりますとおり、私は単なる「GLA関西本部」の末端の一会員にしか過ぎませんがGLA関西本部のご紹介ということで記事を書いています。
今回は高橋信次先生による瑞法会会館(現GLA関西本部会館)で昭和46年10月3日の初回講演です。
瑞法会の二代目会長であった中谷義雄氏が、東京から高橋信次先生を新たな瑞法会の会長としてお招きされました。その時の講演です。

高橋信次先生がGLA関西本部で初回講演される前は、当時の瑞法会幹部数名は事前に、GLA総合本部(東京浅草)の八起ビルにて高橋信次先生と面識をもたれてあります。
一般の会員さんは初めて、ここで高橋信次先生の講演を聞かれます。
その初回講演ならびに10月23日の第二回講演を聞かれて、新しい会長として迎えた高橋信次先生の教えに会員全員が帰依されます。
それまで熱心に瑞法会は「法華経」を依経として先祖供養を称えていた教団です。
高橋信次先生が説かれる仏教の原点を聞かれて、自分たちが信じて行って来た仏教が本来の仏教ではなかったことに気づかれて、会員さん全員にセンセーショナルな風が吹いたことかと思います。
第二回講演は、またいずれアップいたします。

この収録は48分くらいあります。ご関心ございましたら、お時間の許す時に聞かれてください。
収録元となっているカセットテープは当時の販売用ではなく前回同様に個人が講演を聞きながら手元で録音されたものであり、また経年劣化などでお聞き苦しくなっている所もあります。また最初と最後は中途半端に収録が切れておりますことも併せてご了承願います。

1971(昭和46年)10月3日 瑞法会講堂にて信次先生初回講演の内容
「我が悟りへの道(少年のときの体験から物質と生命の探求へ)と仏教の変遷」
Reproduction by Windows Media Player


収録されているお話しをお聞き頂いて高橋信次先生について、もっと知りたいと思われた方は、こちらを訪問されてください。⇒三宝出版発行 高橋信次著作集
書店にございませんでしたら三宝出版へ直接、ご注文されてください。



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混線模様!

これは職場と隣家の間に見える電線。もつれているように見えます。笑!
通信設備が豊富な現在は、いろいろなケーブルがあるようですね。

P11000011.jpg

昔の電柱というのは電線と単に電話線だけ。こんなに絡まっていて複雑ではなかったような・・・

そういえば私が小学校低学年の頃の電話はプライベートなんてありませんでした。
電話で話していると黒電話の受話器から、近所の人が電話で話している声がはっきり聞こえます。笑!
近所の人ですから声を聞けば誰なのかは分かります。
一番面白かったのは、女性に愛を告白!している話し声。爆!
内容はよく覚えていませんが、その近所の男性の告白は、しつこかった。爆!
そのとき私が電話で話していた友だちにも、その会話は聞こえています。
電話しながら友だちと大笑いしました。爆!
もしかして大笑いしていた自分たちの声が、告白していたその男女にも受話器から聞こえていたのかも・・・。汗!

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タグ : 高橋信次:講演



[ 2008/08/05 12:30 ] 随 想 | TB(0) | CM(14)

タコたんからのキリ番プレゼント! 

これまで、ずっと以前からブログでお付き合いをさせてもらっています
Rose Cloud の この世で一番美しいタコたん が企画されたカウント22222キリ番プレゼントが、なんと私に当たっちゃいました! 狙ってて良かった。
タコたん。ありがとう! わあい\(^◎^\)(/^▽^)/わあいっ
それがこれっ。↓↓ ずっしり重くて綺麗です。

P1000004.jpg


タコたんは、このキャンドルホルダーを 腹(ばら) 薔薇と書いてありますが・・・
手にしてみると私には蓮華に見えます!
タコたんのブログにも書きましたが、あお(みるら)さんのブログで、このキャンドルホルダーを見たときに写真を持ち帰っていました。笑!
幻想的で素敵なキャンドルだなぁ・・・と思って。 それがまさか本当に私の元に来るなんて!

昨夜、仕事を終えて帰宅したら届いていました!
すぐに開封したら、癒される良い香りが漂います。仕事の疲れがその香りで吹き飛んじゃいました。なんと、キャンドルホルダーだけではなく、香りがついたキャンドルまでも二個同封して頂いてありました。

さっそく点火!!




タコたん、ありがとう!
これからキャンドルナイトを楽しめまーす。私の大事な宝物の一つに加わりました!
しかも、このキャンドルホルダーは、タコたんとおそろい。O(≧▽≦)O
世界一美しいタコた~ん。
このキャンドルを灯すたびに北海道から幽体離脱して私の元に来てね♪
青汁クッキーを用意して待ってるよ~!
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[ 2008/08/08 11:28 ] 随 想 | TB(1) | CM(20)

GLA関西本部 History 3 

今回も私の拙著なブログへ「GLA関西本部」で検索訪問された方への紹介記事です。
うれしいことに最近の訪問検索ワードの中で、「GLA関西本部」が一位!

紹介記事ですので、読み逃げ・スルーは大歓迎!です。でも、ポチはお願いね。
(≧m≦)ぷっ

前回の初回講演に続きまして、今回は瑞法会講堂(現GLA関西本部講堂)にて講演された、第二回目の高橋信次先生のお話しをあげております。こちらも個人録音からです。

聞いたところによりますと初回講演に同じく、この時も東京のGLA総合本部からは信次先生に伴って、そうそうたる講師数名が参列されています。
ご講演以外に質疑応答ならびに過去世があることの証明。また憑依霊に憑かれた方々の現証もなされてあります。

ちなみに第二回講演の一週間前、瑞法会定例一般法座にて中谷前本部長は、10月3日の瑞法会定例法座の班長会に続いて会員の皆様に対し、高橋信次先生への「正法帰依」の第二声をあげてあります。


高橋信次先生特別招待第二回講演 昭和46年10月23日 瑞法会講堂にて
演題 「現代宗教に対する疑問」 

第二回講演1
収録時間約29分


つづきです。収録時間約27分
第二回講演2

Reproduction by Windows Media Player


収録されているお話しをお聞き頂いて高橋信次先生について、もっと知りたいと思われた方は、こちらを訪問されてください。⇒三宝出版発行 高橋信次著作集
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この第二回講演の翌日、信次先生は東京から参列された講師とともに、瑞法会会員の方も含めて24日は四国へ向けて大阪を発たれました。
そして徳島県で当日、ならびに翌25日に「第一回徳島講演会」を興源寺にて行われます。

そこで、一大事が高橋信次先生の身に起こります。宿泊先での出来事です。
午前三時ごろ、手洗いに向かわれる途中で信次先生は意識がなくなり倒れられます。
約一時間の間、心肺停止状態に陥られました。
それは超過密なスケジュールで講演、個人指導にと、ご自分の身体を酷使されたためです。
その時の様子はとても詳しく、本に書かれてあります。
「心の原点」 第5章の p275 以降です。(第6版第10刷発行でのページ)

その時に信次先生は一生の反省と、残っていた執着心を全部猛スピードで処理したと、その本に書いてあります。
また、そのような経験を通して、いつ実在界(あの世)から帰還命令がきても、応じられる心境になった。一日一日を一所懸命に努力し、正しい心の物差しで反省して、いつこの世を去っても思い残すことがないような生活が、もっとも大切である・・・という、「一日一生」。それは、1971年の最大の悟りであった、
と述べてあります。


ところで余談ですが(どうでもいいいことですが)、これ以降は私個人の推測です・・・。
上記、「心の原点」 p275 の冒頭に、こうあります。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
1971年11月。
講演会は東京から地方に広がり、特に関西地方への出張も多くなって行った。
24日は大阪、25日は四国へと回る目まぐるしい日程は・・・・(※以下省略)
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

1971年11月24日~26日の三日間は高橋信次先生をお招きして、GLA関西本部主催の「初回研修会」を奈良県、橿原神宮にて行われております。
ということは、おそらく上記 ”1971年11月。” は、1971年10月の誤植だと思います。



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こわれてるぅ。。。
廃墟

こちらも職場へ向かう道路沿いにあります。
廃墟と化しています。。。
ここの家では、誰が、どんな家庭を作って過ごしてあったんだろう?

私は、現在の職業の前は不動産取引や土地・家屋の登記、住宅の設計に携わる事務所に勤務していました。
今でも自分が設計した家の前を通ると、当時設計を依頼された建築主のあの方は、今も幸せな家庭を築いてあるんだろうなぁー、と想像してしまいます。

もし、当時の私が設計した家がこんなままで放置されていたら・・・
絶対にイヤだ~   0(>_<)0 ウー

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明後日から17日まで盆休み。やっと一休みできます。笑!





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タグ : 高橋信次:講演



[ 2008/08/10 17:05 ] 随 想 | TB(0) | CM(15)

小学生の頃の作文。汗! 

お盆に実家で、ある探し物をしていたら・・・
私が小学生の頃に宿題で書いていた作文ノートがひょっこり出てきました。
作文能力が劣っている私ですが、読み返すと、もともと作文がヘタクソ。汗!
中を開いて読んでみると(笑)、漢字が少なくて字も雑。そして、こんなことも書いていました。爆!
ちょっと恥ずかしいのですが、以下ご披露します。(≧m≦)ぷっ


作文1 のコピー


「地 獄」

この世の中には人間をはじめ多くの生き物がすんでいますが、仏さまの教えによれば これらのすべての生き物は まったくなくなるのでなく またべつのところに生まれかわっていくそうです。前世の業でこの世に生まれてきたように この世でのごうが いんねんとなって生まれるそうです。
生まれかわり、死にかわりして まよいの生を続けることを輪廻といって、「天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄。」です。これを六道といいます。

P1000028.jpg

死んだあとにこの六道をぬけ出るには、生きているうちに仏さまの教えを守り善い行いにはげむことです。
ぼくはそうしたいんだけど、なかなかできません。
六道の中の地獄は八つあります。それを八大地獄といいます。その地獄を説明します。
死んだあとに はじめに行くのは等活地獄です。
死んで暗い道を歩いていると、りっぱな馬車がきます。
それにのれば火と変化してしまいます。地獄のおむかえです。
えんま大王さまの前に行って、おさばきをうけます。
悪い行いをたくさんすると、地獄で苦しみをさせられますが、善いことと悪いこととをどっちもせぬ人は、生まれかわったら善いことにはげむように八大地獄の苦しさを見せつけられます。
はじめに落ちる所は血の池です。そこで鬼どもに金棒でたたきつけられます。
その少し先を行くと大鳥がたくさんいます。そこでは、つみもない鳥を殺した者がいたら たっぷり苦しみを受けなくてはなりません。
二番目に黒縄地獄。
鬼どもから、のこやかま、おのなどで切り殺されるのです。
そこをまだ少し歩くと、やけた石がたくさん落ちています。
これは、火をそまつにし、火事を出した者が受ける罰です。
そしてその先にはグラグラとわいた油の中に入れさせられます。
その先を行くと谷があります。谷をこさなければ助かりません。
谷をわたるには、ロープ一本だけです。それもロープに乗るには、立っていかねばなりません。
うまくわたられないと、下にどんどんともえたぎった火がまちかまえています。
でも、うまくわたられる少し前で大きなハチがじゃまします。
おちる時に助かることがあるそうです。それは、その人のために、子どもたちなどが法事をしたときです。
そのくようが地獄までとどくからです。
三番目に衆合地獄です。
谷道を歩いて行くと鬼におそわれます。そして谷の穴の中にはいって苦しませられます。
それは、岩がしまり中にいる人は、ぺしゃんこになります。でも風にふかれると、もとどおりになります。
そしてそこを通りすぎると、うすの中に入れられます。そして犬、ねこなどにいじめられます。
これは、いたわることを知らず、自分のことばかりを考える者のおちる罰です。
そしてぬけだして、水に中に飛びこんで向こうの岸へうつろうとする時にも体に火がつきます。
次には叫喚地獄と、大叫喚地獄です。
また鬼に追われて谷の穴の中におちます。穴の戸がしまり、中で火が出ます。
すると戸が開いて、水が飲みたくなります。水に近づくと火にかわります。
このときに仏を信じていたら水を飲めます。
生きているときに、うそをついた人は、この地獄で舌をぬかれます。
もう次からは、うそがつけないようにさせるためです。
焦熱地獄というところがあります。
火がどんどん、もえているところを通っていきます。
この火は自分が自分でまいた、悪ごうの火です。
また歩くと池があります。何人も、その池に飛びこみます。
でも池から、火がもえあがります。今までの火よりも、はるかに強い火です。
火のいきおいで風に飛ばされます。これは業風というそうです。
それは自分が、人にまいた悪ごうです。
飛ばされていると下の強い火の中から、まだ生きている自分の家族が苦しんでいる声が聞こえてきます。
家族の人たちの苦しみの声を聞いて悲しくなり、飛ばされた空の上から火の中へ入っていきます。
でも誰もいません。だましです。
人をだます悪ごうをまくと、自分がだまされます。
八番目 阿鼻地獄。
これはむげんの地獄です。中へはいると、おそろしい虫、ヘビ、鳥、鉄の玉、どろどろにとけたあついものなどが、たくさんです。そこでいちばん何千倍と苦しい所です。
このような八大地ごくに はいらない方ほうは、善い行いにはげむことです。

P1000001.jpg




仏教に関わる、死後の世界について述べてある本を読んでの感想でした。何年生の頃なんだろう。
本のタイトルはまったく覚えていませんが、六道については小学生でも分かるように詳しく書かれてあったと記憶しております。
また私が小さい頃から檀家寺のお坊さんに、六道にまつわる話を少し聞いていたので馴染みがありました!
本の話しの中では、特に地獄界の描写!にインパクトを受けた自分でした。笑!
文章は言い切りで書いています。そういう世界がある、ということを子ども心に信じていたようです。
死んで地獄にでも行ったら、どこまでも鬼と火に追われるんだね。汗!

小学校の頃も今も・・・、関心を持っていることがほぼ同じ。笑!
ぜんぜん成長していません。汗!
私はこの頃からもう既に、自分、自ら洗脳させておりました。爆!

他には、おかしくて吹き出しそうになるのもありましたが、これ以上は恥の上塗り(笑)をしたくないので披露するのは、やめておきます。爆!



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ところで、先生からの朱書きの添削意見で書かれてあるのは、自分の感想が加わっていないので感想文になっていない、とあります。汗!
自分の意見がないんだね。笑!

私のブログも、ある分析!によると、自分の意見が少ないようです。汗!
もっと目立ってもいいと思いますよ!って言われております。詩人を目指します。爆!
↓↓ それは、これ!! goo の通信簿

一般のゆき 

ちょっと失礼なブログ通信簿です。笑! ブログ年齢は29のはずですがっ!

先日、あることで私と同じ疑問を持っている人がいないのか、 goo 質問箱で探していたら偶然これを見つけました。
ご存知ではない方は、お時間が許されるときに試してみてくださ~い!

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煙突のある風景・・・

煙突

これは自宅近所にある、元酒造会社の煙突を早朝に撮った写真です。
煙突って、最近は珍しくなりましたね。





タグ : 未分類



[ 2008/08/16 23:00 ] 随 想 | TB(0) | CM(24)

GLA関西本部 History 4 

「GLA関西本部 第二回吉野研修会」のビデオ紹介です。
高橋信次先生に関するビデオとしては、当時この映像は頒布されておりません。
また、それ以来、長い間公開されていなかったようです。
そういう意味では、すごく珍しい貴重なものだと思います。
これは先般の高橋信次先生33回忌に先立ち、関西本部講堂にて行われました「感謝と誓いの式典」にて放映されました。GLA関西本部のホームページに紹介されております。
ナレーターや映像を見ると、懐かしき昭和時代!の風景がよみがえって来ます。
収録時間は、21分程度です。
なお、再生しますと、音声は右側スピーカーのみしか出力しておりません。

第一回目のGLA関西本部主催の奈良県、橿原神宮研修会に続く、第二回研修会のドキュメンタリー映像です。
1972(昭和47年)7月6日~8日、二泊三日で行われました。
場所は奈良県の吉野山竹林院です。現在では世界遺産に登録されています。

静止画として写っている画像は、映像の中にもありますが屋外禅定中の模様です。
向かって左が高橋信次先生。右側で禅定中の方がGLA関西本部の前の本部長、中谷義雄氏です。中谷前本部長につきましては、ブログ記事のGLA関西本部Historyでも紹介させて頂いております。
余談ですが、この方は純白で美しい高貴な容姿 rengeでも紹介しました、勇気ある釈迦族の最後の王、マーハー・ナーマンの過去世を持つ方です。
お釈迦さまが偉大な悟りを開かれた後、最初の説法(初転法輪 しょてんほうりん)を聞かれた五大弟子(五阿羅漢)のお一人です。

映像では、屋外禅定にて高橋信次先生が、その地所周辺の霊域ならびに禅定中の方々の心を調和させるために全身、そして手のひらから発する光で魔を退かせて、禅定しやすいように整えられている所作を見ることができます。
また、「法蓮華僧伽呪 (ほうれんげんさんがんじゅ)」の経文を、声から出る波動により調和を促すために唱えられてあります。静止画は、その1シーンです。
「法蓮華僧伽呪」は、高橋信次先生の過去世である、中国の天台山において天台智(てんだいちぎ)がそれを説かれました。そしてその後の時代に、同じく高橋信次先生の過去世である最澄に引き継がれます。
「法」とは、宇宙の神理、仏の教えであり、「蓮華」とは、心を表現しており、「僧伽呪」とは、法に帰依している者が発する言葉(呪)を意味するのだそうです。
信次先生の所作を見ていると、お経、題目とは、もともとは亡くなった方々に対してあげるのだけが目的ではなく、心を言魂の波動により調和させる、ということが理解できます。

映像の中には以前にも記事で紹介いたしました、高橋信次先生の一番弟子である村上宥快氏も映ってあります。
また、金粉現象も紹介されています。
しかしこの映像では画像解像度が低く設定(320 x 240 pixel)されているために、信次先生の髪の上に光り輝く大粒の金粉がよく見えないのが残念です。

リンク先の皆さま。これはGLA関西本部の紹介記事です。
読み逃げ・スルーは大歓迎!です。(≧m≦)ぷっ
興味ございましたら、ご覧下さい。

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 GLA関西本部 第二回研修会(収録:約21分)

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「火の見やぐらのサビ!」

真似してクールなサビを、私も求めているのですが・・・

なんだか、泥臭いサビ!にしか見えません。笑!
クリックで写真拡大したら赤サビがもろに!


火の見やぐら2


私が、ずいぶん以前に地元の消防団に入っていたころ、火の見やぐらに何度か上ったことを思い出します。半鐘(はんしょう)は、叩いたことはありません。
もっぱら火事の後の、濡れた長~い消火ホースを吊って干すために登っていました。
高所恐怖症の私には、耐え難い ゾクゾク感でした。笑!




テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

タグ : 高橋信次:講演



[ 2008/08/20 00:00 ] 随 想 | TB(0) | CM(3)

煉瓦 renga 

最近は赤レンガで積まれている建物に、少しばかり興味が。笑!

レンガ煙突

これは筑後川支流にある、日本酒の酒造会社の煙突です。昭和のなごりです。
しかし、かなり逆光。汗!





こちらは農家の小屋です。
ずいぶん以前は、レンガの小屋はよく見かけました。

レンガ小屋

無造作においてある金鳥。
この金鳥、何に使ってあるんだろう?


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ヘタな写真ですが見て頂いて、ありがとうございます。m(_ _)m




テーマ : 昭和の匂い - ジャンル : 写真

タグ : myPhoto/Movie



[ 2008/08/20 20:28 ] 随 想 | TB(0) | CM(21)

壇之浦 dan・no・ura 1 

竜宮の都に行ってきました。


suimon_20080826170517.jpg

写真は深い海中に立つ、朱色の美しい建物です。
上に見える真っ青な色は空ではなく、海の青です。




……というのは冗談ですが。(汗)



しかし…何も分からない幼い子どもからすると死の間際、それを信じたのでしょうか。

入水する前に、その子どもは「これからどこへ行くのか」とたずねます。まだ、八歳です。

それに対して、「波の下にも都がございます」・・・と答えます。

「今そ知る みもすそ川の 御なかれ 波の下にも 都ありとは」


皆さま、ご存じのとおり平家物語では、壇之浦合戦において従二位尼平時子は、平家方の敗けを察すると三種の神器と共に幼い安徳帝を胸に抱いて、辞世の句を詠って壇之浦の海に身を投げました。悲しい物語です。

…幼い安徳帝
きっと、そのことばを信じて波の下にある竜宮の都にたどり着いたことでしょう・・・。



上の建物は、山口県下関市にある『赤間神宮』の入り口にそびえ立つ水天門です。
竜宮城を模しています。

赤間神宮は源平最後の決戦である壇之浦の戦にて、平家一門と一緒に命を落とした安徳天皇を祀った神宮です。
また、小泉八雲Lafcadio Hearn の『怪談』(1904年出版)に書かれている、あの『耳なし芳一』の舞台です。
それを今回、紹介させて頂きます。記事は2回に分けて書きます。
赤間神宮をご存じの方もあろうかと思いますが、ご興味ございましたら、お付き合いください。
お見せしたいのは、お墓ですが。(爆)






map.jpg

(写真はどれもクリックしたら大きく見ることができます)

このパンフは北九州の門司と山口県下関市の間の関門海峡を結ぶ、関門橋のすぐわきにある九州自動車道、『めかりサービスエリア』でもらったものです。
久留米インターチェンジから、そこまではちょうど70分。本州までは遠いようで近い。笑!
パンフによると関門海峡を挟んだ両岸には歴史あるレトロな建物が、たくさん並んでいます。





関門橋です。対岸は門司の街が見えています。

kanmon_20080826170424.jpg






九州と本州をつなぐものは関門橋と関門海底トンネルだけと思いきや・・・
高圧線もつながってるっ!

densen_20080826164232.jpg

ここは赤間神宮より少し北へ向かった関門トンネル人道入口前です。
写真には写っていませんが、その斜め前には先ほどの二位の辞世の句にもありました御裳(みもすそ)川の公園があります。源平古戦場址です。
ご覧のとおり、この付近の上空は北九州からの電線も含めて縦横に電線ラッシュ。(笑)






これは『海峡守護の碇』です。海峡の平安を祈る目的で奉られています。
国道9号線をはさんで赤間神宮のすぐ向かいにある壇之浦海岸を、広く見渡せるところに据えられてあります。
ペンキの後がありますので、そんなに古くもないようです。

ikari_20080826170359.jpg

潮風で、いいサビ色が出ていました。(笑)

時代は下りますが、宮本武蔵は佐々木小次郎との対決勝負のため、この辺りから巌流島に向けて船を出した場所だそうです。






赤間神宮に入る前に、今から823年ほど前の古戦場となった海をしばし眺めていました。
下にある映像は携帯からではなくデジタルビデオで録りました。手ぶれ防止機能をかけ忘れていたためにビミョーにぶれています。(汗)
とってもヘタなムービーですが、お時間ございましたらご覧ください。
収録時間は3分程度です。

関門橋の向こうは九州です。
上空にはハヤブサか!
と、レンズで追いかけたら、ただのトンビ。笑!
足元の波打ち際でシューズが濡れてしまうのが、気になって気になって。笑!
道路の向こうに少しばかり見えるのが写真の水天門です。



 壇之浦海岸前の 「海峡守護の碇」 にて
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赤間神宮境内に入ります。

annaiban_20080826164056.jpg

これから案内板の左側に書かれてある『芳一堂』と、『平家一門の墓』。
また『宝物殿』に向かいます。その他は興味なし。爆! すみません。 m(_ _)m






水天門を下から見たところです。ちょっと、ぶれていますが。汗

suitenmon2.jpg

屋根を支える二層構造の垂木(たるき)の並びが綺麗でした。
このような美しい建造物は建築の図面を引いたことがある人間からすると惹かれます!







hisyaku_20080826171221.jpg







水天門をくぐると階段上に本殿が見えて来ます。

honden_20080826171443.jpg

階段を上がりきったら、案内板のとおり本殿左手の方に歩を進めます。
目的の場所は、すぐそこ。
その小さな一角は誰でも異空間を感じる不思議な雰囲気です。






「芳一堂」 
芳一像の両耳は付いていません。

houichi_20080826170309.jpg

書くまでもありませんが琵琶法師の芳一が、壇之浦に没した平家の怨霊にさそわれて、ここで毎夜、壇之浦合戦の悲劇を琵琶にのせて語ります。
そのことを知った和尚が芳一の体中に般若心経を書きつけ、怨霊から護ります。ところが耳にだけ経文を書くことを忘れてしまいます。
その耳を怨霊が引きちぎって立ち去りました。






平家一門を祀っていることを示す墓標。
この奥にその墓がずらりと並んでいます。

bohyo_20080826164215.jpg

次のような伝説が残っているそうです。

天明年間(1781~1789)のころです。海峡に嵐が続き、九州へ渡る船や漁船の遭難が続出したので、海上交通を断たれた商人や壇ノ浦の漁師たちは、生計がたたず大変困っていました。
そんなある夜、漁師たちは荒れ狂う暗い海に、泣き叫ぶ男女の声を聞いたので闇をすかしてみると、そこには成仏できずに海上をさまよっているたくさんの平家武者と官女の亡霊の姿があった・・・と。
それで漁師たちは、それまで供養する人もなく荒れるにまかせていた平家の墓を、ここの一ヶ所に集めて、京都の方に向けて手厚く供養したところが、翌日からは嵐はうそのようにおさまったそうです。

また他にも、曇った日や夕暮れ時には必ず平家の亡霊が海中から手を伸ばし、船縁にしがみついてきたそうです。
亡霊達は「ひしゃくをくれぇ~、ひしゃくをかせぇ~」と哀れな声で、ひしゃくを要求したそうです。
漁師がその声に恐れおののいて、思わずひしゃくを渡してしまうと、亡霊はそのひしゃくで海の水を船の中にそそぎ込み、船を沈めて漁師を殺してしまうとか。汗!
そのため、漁師達は漁に出るときには必ず底を抜いたひしゃくを持って出かけ、亡霊にひしゃくを求められたならば、その底のないひしゃくを渡し、生き延びたと言われています。



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次の記事内容です!
芳一が平家一門の亡霊に囲まれて琵琶をならした墓前(平家七盛塚)をご案内致します。
ご覧いただいている皆さまと、短い時間ですが、ご一緒にゆっくりと平家七盛の墓をのぞいてみましょう。(笑)
ブログのムービーでは映像が圧縮、画像枠も縮小されているので、墓石に刻まれた文字や案内板などが自宅テレビに接続して見るのとは違い、ハッキリ映っていないのが残念です。

おそらくムービーには平家の怨霊は映っていないので、ご安心ください。

内心……残念。(爆)

以前に初めて来た時には背筋がゾクゾクして、異様な場の重さを感じていましたが今回は何もありませんでした。
きっと平家の皆さま、お留守だったんだね。
っつうか、私が鈍感になっただけ?(笑)


長々とした記事をご覧頂きまして、ありがとうございました。




テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

タグ : myPhoto/Movie 壇ノ浦



[ 2008/08/27 12:25 ] 随 想 | TB(0) | CM(21)

花と蝶 

まだまだ暑いですが、もうそろそろ夏の終わりです。
少しばかり、ためていた蝶をアップします。笑!
今年の蝶の写真は、これでおしまいかも。




オレンジ・オレンジ

オレンジな花と蝶

花と蝶と同じ色。ピッタシマッチング~ 。笑!






羽をパタパタ

アゲハ

アゲハチョウの類は、ゆっくり腰据えて!花の上で蜜を吸っているのは、おそらく見たことがないかも、です。いつも羽をしきりに動かしています。そして花から花へと移るのも早い。

真っ黒なのに青っぽくツヤ光りしていた大きくて美しいカラスアゲハが実家の庭に来ていましたが・・・今回も動きが早くて撮れませんでした。携帯のシャッタースピードに不満。爆!
来年こそは絶対に黒いアゲハを撮ってやるっ!






早咲きのコスモスにコガネムシ

コガネムシ

蜜を吸いに来ているのかなぁ・・・と思ったら、花の蜜がある部分にはお尻を向けています。笑!
ただの休憩中だったんだね。






紋黄蝶

紋黄蝶

モンシロチョウとモンキチョウのどっちが好き?
と聞かれたら、やっぱりモンキチョウ!!






twin で!

twinで

やっと、モンキチョウが並んでいる姿を撮ることが出来ました。
ぜんぜん面白くない写真ですが。笑!






蝶の背中

蝶の背中

もし、「とっても小さい小人」になることができたら
絶対に蝶の背中に乗りたい。そして空をひらひらと舞いたい!

一枚目の蝶によく似ていますが、ビミョウに違います。
・・・それにしても、花の花弁が枯れていても密はあるんだね。


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見てもらえるだけで満足なので、コメント欄は閉じさせて頂いております。




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[ 2008/08/30 23:40 ] 随 想 | TB(0) | コメント(-)

壇之浦 dan・no・ura 2 

壇之浦、赤間神宮 の続きです。

ムービーには、「芳一堂」と、写真の「平家七盛塚」、そして「宝物殿」を映しました。
収録時間は15分程度です。ヘタな撮影ですが、お時間がございましたらお付き合いください。


まずは、祀られている平家一門の方々の名前をあげておきます。

写真にも文字を入れましたが、まず正面にある斜面に向かって左側手前からです。
教盛(のりもり) 知盛(とももり) 経盛(つねもり) 教経(のりつね) 
資盛(すけもり) 清経(きよつね) 有盛(ありもり)

後列左から、家の子や郎等(一族の子弟や従者)です。 
盛継(もりつぐ) 景俊(かげとし) 景継(かげつぐ) 忠光(ただみつ) 徳門(とくもん)

見えていませんが、その後ろに 二位尼(にいのあま) 忠房(ただふさ) 

そして後方には、ご覧の通り小さな五輪塔が、あたかも肩を寄せ合うように集めてあります。

写真をクリックしていただけたなら、大きく見ることができます。
大きくなった写真をもう一度クリックしたら、もとに戻ります!




nanatsuka.jpg

ここは夜になると、チラチラと鬼火が浮かんできそうで最高のキモ試しの場所だね。

うらめしー… m(~-~m)~ ~(m~-~)m (i _ i) ひぃぃぃぃ  σ"" ユラユラ

っつうか私はこんなところで、キモ試しなんかは絶対したくありませんが。笑!


では、お時間がございましたら韓国の寺院をご覧下さい。  
Σ( ̄□ ̄;) エッ!カンコク?ドウイウコト?



 芳一堂・平家の七塚・宝物殿
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宝物殿には平 知盛の肖像が、掛け軸として飾られています。
知盛は大将として指揮をとりましたが平家軍の惨敗を悟ると、鎧を二領も着込んで乳母子の家長と手を取りあって潔く入水したそうです。

平家一門のため。あるいは武士の恥だから切腹。また、先の大戦では集団自決。
日本人はその時代時代の支配者に統制されたような思想の下で、「潔さ」を美徳として位置付けてきたようです。
どうにもならなくなったら命を捨てます。宿敵に命乞いなど「恥」であり、とんでもないこと。
一個人の思いですが、私はそれが絶対に人間として良くない、とは思いません。
連鎖して何とも避け難いというのであれば、どうしようもありません。逆にそれから一人逃れることで、お互いの「絆」を切る裏切り行為になると、ある意味、人間らしさを欠いているのではないのか、とも思えます。
思想に縛られない現代日本に生まれてきて、そういうことは経験がないので自分の中で、はっきりと明言ができませんが・・・。

ただ、「潔さ」を美徳として重んじることは日本人の素晴らしい文化だとは思うのですが、しかしながら平家一門の如く、潔さの裏腹にもし、無念が恨みとなっていつまで経っても執着がとれない地獄の世界であれば、見ていて気持ちの良い潔く散る「桜」や「椿」の花のような「散り際の美」というものが私には伝わってきません。
ムービーを録る前に冥福を祈りながら、大将知盛の墓前で平家物語にある、その入水の最後の場面を想像して少しばかり、一門の悲劇そして命と潔さについて想いを馳せてみました。


前記事に引き続き最後まで駄文をご覧頂きまして、ありがとうございました。

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これは私が好きなもの!  (≧∇≦)y─┛~~~~

一箱千円になっても、この銘柄がなくならない限りは、やめないと思う。笑!
同じ銘柄を二十年以上、愛飲!しています。他のではダメ(笑)。左のは最近出ました。
・・・ということは、9歳の時から吸っていたんだね。爆!


tabako.jpg

ハコに書いてある文字が、よけいなんだよなぁ。汗!





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[ 2008/08/31 00:00 ] 随 想 | TB(0) | CM(18)
  1. ..
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