月別アーカイブ  [ 2011年12月 ] 

内観法 

人は誰しも物心がつき始めた頃から、理性の分野の芽生えと発達と共に、状況や必要性に応じて、過ちに気付いたら謝罪のために、あるいは自分自身をより伸ばすために反省を行っています。周囲の方々との関わり合いを通じて、ごく自然に、あるいは意識しながらもあるでしょう。
その反省基準は、人それぞれに程度とか質による差が生じて、個の個性を作り出している元でもあると思います。

反省といえば、吉本伊信氏の内観法があります。以前にご紹介させていただきました。
でも、内観法に取り組んだ結果、小悟(ある意味で、気付き)の覚醒があっても大悟は存在しないでしょう。内観法は、信次先生による釈迦の説かれた八つの規範の内の正定とはまったく異質だからです。神の概念とか、この世とあの世で広く満たされている基準である諸法が説かれてありません。
信次先生は、心を浄化するために過去の自分を振り返る場合の反省・禅定の入り口に立つための手助けというか、捉え方の一つとして、たびたび内観の手法を例にあげて講演会や研修会、著者の中で示されてあります。皆さまも信次先生のご講演をお聞きになり、その点はご存知だろうと思いますが、機会がありましたなら後日あらためてご紹介させて頂きます。

そのような信次先生の話により、内観には関心がありました。
たまたま以前の職場近くの、小さな川を隔てた目と鼻のさきに内観道場が在ることを知り、実際に私自身もわずか一日間だけでしたが体験してきました。本来は少なくとも一週間座っているそうなのですが、無理をお願いしましたが、心よく受け入れて頂きました。
内観法を理解する上では貴重な体験でした。

悩みを抱えた人が、悩み解決のために内観法に取り組み、結果を出された方の共通している点では、噴き出すかのごとく自身の奥から純粋に自然と発する感謝ということに気付かれてあります。
たとえば、感謝しなければ良くない、感謝するのが当然だ・・・など、自己暗示とか理屈が介入する、いわば頭で操作する感謝の心とは違います。

それは過去に自分との関わりがあった方々に対して調べあげていく結果、忘れていた記憶の中から細かい部分が次第に浮き上がり、もう、どうにもならないほどの涙とともに心からの感謝が足りなかった自分を発見していきます。
特別なできごとだけではなく、なにげない日常の日ごろから当たり前だと思えるような出来事に対してでも、していただいたことに対して、とても有り難いことだったんだと、しみじみ気付いた時に心の中からその恩を何らかの形でお返しをしたい、という報いの願いが自然と湧いてきます。

内観法は、たとえ精神的な躁鬱病が進行中であっても有効です。躁鬱が治ります。
普通は、躁鬱の人に一般的にいう反省でもさせたら、感情ばかりが前面に出て、自分に対してよけいに批判的になり、あるいは攻撃的になり逆効果であり危険です。
いわゆる反省と内観。似て非なるその差は大きいものです。


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ところで、このようなことがありました。
ゆきのひとりごとに置いているメールボックスに問い合わせを頂き、昨年の秋頃に岐阜県にお住まいであるその方のご自宅に訪問させて頂いた時のことです。
そのときの談話の一つですが、その方の奥様が、私と同じく内観道場での体験があったと話してくださいました。
共通体験なので理解も同じだろうと興味を抱いて聞かせて頂きました。
ところが、内観法を否定されていました。どうしてなんだろうと話を伺うと、内観を受ける前とその後にも詳しい説明をしてもらえないで厳しく苦い体験のままだけで一週間の内観を終えられたようです。

そこでは反省ではなく、ただ思い出すだけ。
さらに、親から押し付けられて内観にきた小さな子どもさんに対して、道場側が虐待扱いをしているのを目の当たりにされたようです。

ただ思い出すだけ…
その通りには違いありませんが、思い出すだけで終始するのではありません。
それに虐待なんて、とんでもない。
もし私自身がその方と同じ道場に通ったとしたら、同じく私も内観を否定していたでしょう。

そのようなことを聞いて私は驚きました。
それらのお話のあと、私の体験談を話させて頂きました。すると、その否定されていた思いは少しばかり払拭されたようです。


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私は道場での内観後、道場宛に内観の感想文を書きました。
自身の反省の中身に関わることなので具体的な感想内容は述べませんが、母親に対して、当時はあたりまえに考えていたことが本当はそうでは無かったということを、道場で少しばかりですが気付かせて頂きました。そのときに、心の奥の曇りのない空間みたいなところから反応があり、その直後に、いつの間にか自然に流れた涙がありました。それから後には母親に対するこれまでの思い方とか接し方が徐々に変わっていました。今もまだまだ親不孝もんですが!
道場の先生は私の感想文を読まれて、体験を通して私がまだ気付いていなかった押さえ所を教えて頂きました。
また、戴いた内観の小冊子を夢中になって読んで、方法についての疑問を持って、とことん何度か訪ねると親切に分かりやすく教えて頂きました。
現在は道場とは途絶えていますが。

当時の私がそのような経過を経て理解したことと、その方が体験されて理解されていた内容に大変なギャップがありました。
同じ内観道場であっても、道場の指導者の力量の差は大きいものでした。





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[ 2011/12/02 21:25 ] 随 想 | トラックバック(-) | コメント(-)
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