月別アーカイブ  [ 2014年02月 ] 

Powers of ten 

先日、インターネットで検索していたら、たまたま、ある映像を見つけました。久しぶりに観ました。

観ていたら、ずいぶん以前に、ある感覚があったのを思い出したので、つまらないことなのですが、それも少しばかり書いてみます。

見つけた映像は以下、外部リンクしています。


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今それを分かって頂けるようには上手く伝えられませんが、理屈をつけて表現するなら、自分自身が「感覚器官を通じて客観的な事物が存在し、その中に自分が存在していて、自分を自分として認識している意識の自分があるのだけれども、もし、そもそも、どこにも初めから自分というものが存在していなかったなら・・・」
そういう怖さみたいなものでした。

初めは学校で授業を受けている時でした。担任の先生が黒板に、その時間の勉強の目標を書きながら、時々振り返って説明をしてありました。

「今、自分がいて、先生がいる。まわりに友達がいる。」
「先生を見ている自分。話を聞いている自分がいる。手には、鉛筆をにぎっている。」「教室の廊下奥にある給食室から、おかずの匂いがしている。」

小学校低学年の頃からでした。初めは何がきっかけで、そのような感覚を持ったんだろう? 全く思い出せません。それは、
「もし、自分というものが、初めから何も無かったなら・・・」

授業中にそれを、ふと思った瞬間に、何もない、真っ暗な宇宙の彼方へ弾き飛ばされたような感覚になり、頭がフラッとして気を失いそうな感じになっていました。
感覚が伴うから、頭で考えて想像するのとは違っていました。うまく表現できませんが、別の世界に引っ張り込まれるような感じです。

そんな感覚には二度となりたくない。と思っても、たびたび、授業中とか外で遊んでいる合間に、「もし、自分というものが、初めから何も無かったなら・・・」と、頭をよぎって、その瞬間、また、目の前は真っ暗の宇宙で、遠くに星が見えていて怖かった。闇の怖さではなく、「自分がそもそも、どこにも存在していない自分だとしたら・・・」ということにです。

その頃になると、かなり間隔はあいていましたが、二十歳ころまで、たまにそうなっていました。


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ところで、既にご存知の方も多いかと思います。
これは日本語吹き替え付きのモノクロ版です。
カラー版もありましたが、内容が英語だけなので、何を言ってあるのかが、ちちん
ぷいぷい ちんぷんかんぷんです!

他に、モノクロよりも、よりリアルなカラー版の字幕付き画像が、にこにこ動画にありましたが、画面上にコメントのチャチャが入っていて、とても見づらい・・・
それでも良かったら⇒ http://www.nicovideo.jp/watch/sm595362





私が、この Powers of ten を初めて見たのは、久留米市にある福岡県青少年科学館でした。
長男がまだ幼稚園でしたから、私が三十歳代の頃です。
一緒に遊びに来ているときに上映されていました。その時は字幕付きのカラー版でした。

私が弾き飛ばされた時と、とてもよく似た空間の推移でした。
その時は、観ながら少しばかりビクッとしましたが、まったくあの頃の感覚が何もなくて、ホッとした気持ちでした。
だから、映像の面白さや感動も相まって、何度か繰り返し観ました。


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映像はご覧のとおり、超マクロと超ミクロの両世界が展開しています。
最初は1m上から始まり、広大な宇宙に広がります。もどってからは超微細の世界までを、10秒毎に10倍のスケール(=Powers of ten)で示されています。

ずっと以前は、物質を構成している最小の原子は「一つのかたまり」だと考えられていましたが、その頃よりも研究が進んだ現代では、ご存じの通り、原子のまん中(核)にそれぞれ同じ数の陽電子と中性子があって、その周りを、水素以外は複数のマイナス電子が取り囲んで超高速で周期を描いていることがわかっています。

太陽と地球と月の関わりでは、陰・中・陽の三体制となっています。原子も同じく三体制で、陰・中・陽のバランスを成しています。

(高橋信次先生は、『大自然の波動と生命』第二編の物質論には、生物学・地学・物理学をとおして詳述されています。ご関心ある方はご覧ください)

そして、陽子や中性子は、もっと小さなクォークという素粒子から出来ていることまでは解明されています。
高橋信次先生は、さらにそれは「光の粒子」で出来ていると言及されてあります。

人体を構成している32種類の(その数は諸説がありますが)元素のみならず、自然界に存在する水素からウランに至るまでそうだといわれているのでしょうか・・。



ちなみに、こういう仮定があります。
原子の大きさは約1億分の1cmだそうですが、原子は原子核の30000倍として、原子核を直径10cmのテニスボールだとすると、10cm×30000は3kmになります。
つまり、原子の一番外を軌道を描いて回っている電子は、核から半径1.5kmもの距離にあります。かなり、遠いところにあります。

これを太陽系に当てはめると、太陽を同じ直径10cmのテニスボールに置き換えると、地球はそこから11m離れたところに存在する直径1mmの球であり、土星は100m離れたところにある直径1cmの球、一番遠くにある冥王星は400m離れたところにある直径0.3mmの球になるそうです。
ということは、陰外電子の方が遥かに距離があります。電子は重さが無いに等しいとしても、太陽よりも原子核の向心力は大きいようです。
その原子核と電子の間の広がった空間は真空であるといわれています。

原子が約20~30万個集まって、一つの細胞ができます。人間の体は、大宇宙に存在する星の数と同じ、約60兆個の細胞から出来ているといいます。
そうなると、一人の人間を形作っている原子の数は、とてつもない数と同時に、とてつもない想像を絶する空間を、原子の数だけ有していることになります。
この空間の存在というのは、とても不思議に思えます。

そういう意味では、この映像は炭素原子の表面(陰外電子)に到達した後、原子核が姿を見せて核に到達するまでの距離感・空間を私のような素人がイメージするには、太陽系の軌道と比較すると十分に表現されていない感じもしますが、素晴らしい映像です。


人体は小宇宙ともいいますが、なるほど・・・と思えます。その構成は、大宇宙も小宇宙も極端に質量が違うもの同士がフラクタル(相似形)であり、すべての空間が共通する法則性(循環)で貫かれています。
それは、神秘以外の何ものでもないです。

宇宙の姿は円形であり、その宇宙は膨張と収縮を繰り返している、と高橋信次先生は話されています。
現在(昭和48年11月頃)の宇宙は、ものすごいスピードで膨張の過程にあり、ある時期が来ると収縮に向かうそうです。
膨張と収縮という運動は、大宇宙自体が生き物であり、安定するためには欠かせない仕組みだそうです。
人体についても、たとえば肺臓の膨張・収縮によって五体全体の安定を保っていますが、大宇宙もこれと同じような機能が働いていると述べられています。

大宇宙はどこまで行っても宇宙であり、宇宙の外に宇宙は無く、大宇宙は一つなのだそうです。

また、講演で、「心経」(=心行)の解説では、以下述べてあります。



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[ 2014/02/09 01:46 ] 随 想 | TB(0) | CM(3)
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