お盆の起源 

来月は、お盆を迎えます。
私の家の宗派は浄土宗です。家系は代々続いており、毎年のお盆には、今となっては少ない家族でお坊さんを呼んで、ささやかな、お盆を迎えています。

ちょっとしたお盆の思い出です。
私が小さい頃は提灯を飾り、線香とソウロク、精進料理を仏壇にあげ、そして親戚たちが大勢集って、派手にワイワイ言いながら皆で酒、食事をとっていました。
その頃は親、親戚、お坊さんの話により、死んだ後は魂が三つに分かれて仏壇とお墓、また檀家のお寺に住することになる、と教えられていました。(汗
納骨堂や檀家寺は、とても陰気です。
その話を聞くたびに嫌な気分でした。(笑

ところで毎年のお盆とか、年忌供養になると必ず訪ねて来る、祖父の姉だけは、とても怖かったです。
明治時代生まれの人は頑固というか、気骨者で厳しいですね。
物心ついた頃から中学生になった頃まで、例えば、ちょとした食事の仕方のマナーの悪さなどでも、いつも兄弟の中で、私だけ叱られていました。(爆
子の躾がなっていない、ということで、ついでに親まで皆の前で一緒に叱られていました。(汗
その時は、座敷全体が一瞬シーンとした嫌な空気に変わります。
程なくして、また親戚中でワイワイ・ガヤガヤです。(笑
長男なので、家を継ぐ私に対して、しっかりしてもらいたい、末永く実家が安泰であることを願ってのことでした。

13日の初日の夕方には毎年、お盆の準備がありました。
その準備で忙しいのに、まとわりついて邪魔な小学生の私に、父親は、
「そこにあるリヤカーを引いて、納骨堂まで先祖を迎えに行ってこい!
先祖が何人も乗って、重くなるけん気をつけんば!」
と、いわれていました。 (汗

リヤカーを引くのは慣れているからいいけど、ただでさえ気色悪い納骨堂に夕方、一人で行くなんて・・・。グズグズしていると、
「すぐに暗くなって、がばい、えすかぞ(とても怖いぞ)!早ぅ、行かんかい!」 

もちろん、冗談で父親が言っていたことです。(爆
その父親は既に鬼籍に入っています。私が父親を納骨堂へ迎えに行くことはありませんが。(笑 

家族、親戚が集まって先祖の仏壇、お墓にお参りするのが慣わしなので、お盆は、ただそういう形で供養するものだと思っていました。
今ではキリスト教会でも、お盆の時には特別にミサをしているようです。

ここからは、お盆の起源を紹介いたします。
いつも通りに長くなるので読み逃げ、スルーは大歓迎です!(≧m≦)ぷっ 

以下、高橋信次先生の著書から読んでみます。

子孫と先祖のつながり、これを大事にするために、現在の私達が、一定の季節を定め、先祖への感謝を表現する行為。それもよいことであろう。
しかし、本当のお盆の意味はこうなのである。
今を去る二千五百有余年前、ゴーダマ・ブッタが三十八歳のときのできごとであった。

――――――――――――――――――――

※注)
当時の小国、マガダ国(インドでも、現バングラデシュの西に近いあたり)のガンジス川の支流、ネランジャラ川付近にあったベル・ベナー(竹林精舎)に、ゴーダマ・ブッタ(お釈迦様)が住している時、ウパテッサ(舎利佛)とコリータ(大目蓮)が同時にブッタに帰依しました。そのコリータに関するお話です。
コリータは、ブッタの法をしっかりと心に受けとめ、生まれた時から現在までの、思ってきたことと行ってきたことの一つひとつを思い出して、法に重ねて反省を続けて、これまでの心の曇りを除いていきました。結果、コリータはその後、帰依して一週間目にして心の窓(霊道)を開き、アラハン(阿羅漢)の境地を得ることができました。
その通力は天上界と地獄界をも見通す能力を持つことができ「天眼」の第一人者となりました。

最初に天眼を使ったのは母親に対してでした。その時のできごとです。
著書に戻ります。

――――――――――――――――――――

コリータは、ふと今は亡き母のことを思い出した。
人情の常として、他界した母親は、現在どんな世界で生活しているのだろうと、彼もまた思うのだった。
彼は、眼を閉じ、母を念じた。
すると、母の生前の顔が、くっきりと眼前に浮かんできた。
「おや・・・・・・母がいる。一人寂しそうにして、こちらを見ている。何を欲しがっているのだろう」
コリータは自分の目を疑いながら、しかし、薄暗いところに立っている母をみつめていた。
場所は、コリータの家の近くのような感じだった。
母は明らかに水を欲しがっている様子だった。
そこで、コリータは、その場を立って、托鉢の鉢の中に水を入れ、母親に差し出した。
ところがどうだろう、水のいっぱい入った鉢を母親の口元まで持っていくと、どういうわけか、水が火になってしまうのだった。
コリータは何度も繰り返した。
そしてなんとか母に水を与えたいと思ったが、どうしても火に包まれてしまった。
コリータは、この疑問が解けなかった。
そこで彼は、ブッタに自分の体験を話し、そのわけをたずねた。

するとブッタは、
「コリータよ、心眼が開かれておめでとう、よく精進を続けてくれた。
ところで、そなたの母は、生前、バラモン種(カースト制度)の出身で多くの信者から布施をいただきながら、他人に対して奉仕の心も行為もなく、自我が強く、虚栄心に満ちていた。
母親の世界は火炎地獄である」
と、コリータの目を見つめながら静かに言った。

コリータは愕然となった。
しばらくは驚きと形状しがたい気持ちにおそわれ、言葉がなかった。
ややあって、ブッタに聞いた。
「では母を救うにはどうしたらよいのでしょう。
肉体をいただいた母です。
せめて、そのご恩返しに、母を火炎地獄から救ってあげたいと思います。
母を救うためには私はどんな苦しみにも耐えます。お教え下さい」

コリータの母は性格が強く、死をいやがり、阿修羅(アスラー)のような形相で死んでいった。
このことはコリータ自身、いちばんよく知っているだけに、余計に母親の不幸を感じた。
今ではブッタの弟子となり、親子の縁は前世の約束によって結ばれていると聞いているので、救えるものなら救ってやりたいと、思うのだった。

「コリータよ、母は母の生命であり、お前の生命はお前自身のものだ。
お前は母から肉体をいただいたが、しかし、魂は別であることを知ることが大事だ。
ガンガー(ガンジス川)には舟が浮かんでいる。しかし舟の持ち主は皆ちがう。
それと同じように、船頭である心は別々なのだ」

「肉体はもらっても魂は別だというのですか」

「その通りだ。肉体は人生を渡る舟にしかすぎない。
魂は永遠不滅、変わることのないもの。
その魂は人生の一切の体験を持って肉体舟から降り、体験の内容に応じた世界に帰って行くというのが、法の掟というものだ」

母が地獄に堕ちた原因は、ほかならぬ母の心と行いが間違っていたからだと、コリータは理解した。
「ブッタ、ではどのように供養したらよいのでしょうか」

「そなたの母は、この現象界で罪をつくり、その罪に応じた世界に行き、償うことになる。
そうして罪の償いが終わるまでその場所にとどまり、心の曇りが晴れた時、光明の世界に昇天することになろう」

「一切の責任は自分自身にあるということですね」

「その通りだ。肉体をいただいた母への恩返しは、母がやらなかった人びとへの布施(奉仕)を一年を通して、三日ぐらいはやってあげなさい。
そして、母が何故、地獄に堕ちたか、よく教えてやることが大事なことだ。
自分の心と行いについて、正しい基準を忘れ、五官のみに心がとらわれ、煩悩のままに人生を送った者は、その者達の心に合った世界に住することになる。
因縁因果、すべて自分自身がつくり出すものだ。
この世を縁としてつくり出した罪であるから、残った者達が、よく正しい法を得、実践してから道を説き聞かせたならば、地獄の者達はその理解を早めることになろう。
コリータよ、法を依りどころとして、精進するがよかろう」

コリータは、自己の確立をなくして、母親を救う道のないことを心に銘記するのだった。
そればかりか、こうしてブッタにお会いできたのも、もとはといえば母から肉体をいただいたからであり、母に対する供養こそ、地上における最大の恩返しと思った。

「コリータよ、亡き母の供養は、心を正した生活をし、体を健康にして、一日一日を明るく生活することである。
さらに、ブッタの法を供養することは、地獄に堕ち苦悩する者達の心の糧ともなるものだ」

ブッタの説法を、コリータ以外の弟子達もいつの間にか集まって来て聴いていた。
そして、自己の確立こそ、先祖への最大の供養であるということを悟って行くのであった。

ところで、今日、我が国で盂蘭盆会(うらぼんえ)といって、七月十三日から十五日の三日間、いわゆる、お盆の日と定め、地獄、餓鬼界に堕ちた近親者を供養する風習が残っている。
そのいわれ因縁は、この時のコリータの母親の供養の話が根拠になっている。
しかし今日のお盆供養は、仏壇に供え物を上げ、経をあげる形式と化し、ブッタが説いた先祖供養の精神は形骸化されてしまった。
本当の先祖供養は、既述のように、残された者達が健康で明るく、正道に照らした生活にあるわけである。
その意味は、意識界における地獄界は苦悩に満ち、その苦悩から逃れるため、絶えず現象界の近親者に救いを求めている。
誰しも見ず知らずの者に金の無心や苦痛をやわらげて欲しいという人は少ないだろう。
身近の人に寄ってくるものだ。
また、彼等の心は現象界でつくり出した暗黒の世界だから、どうしても現象界に眼を向けることになる。
地獄は四次元の世界である。
現象界の三次元の世界からは四次元は見えないが、四次元からは三次元が見えてしまう。
家庭が明るい時は、その明るさに自分の暗さが理解され、反省の大きな材料になってくる。
ところが、家庭が暗く、憎しみや愚痴、怒りでおおわれていると、その家庭に安住することが出来、人びとの意識に入りこみ、地獄界の苦痛をやわらげようとする。
憑依をうけた家庭は混乱した魂の数が増えるのだから、ますます混乱の波紋を広げて行く。
人に憑依した地獄霊は生前の罪ばかりか、憑依して現象界の人の心を混乱させるのだから、二重の罪を背負うことになる。
地獄霊はこうしてますます救い難い状況となり、現象界もまた混乱を重ねて行く。
この世とあの世の関係は、人の心を通して常に同通し、この世が混乱すればあの世が騒がしくなり、この世が平和になればあの世も静まってくる。
つまり、先祖を本当に供養するにはまず家庭内が明るくなり、先祖の霊に反省の光を送ることにある。
また、家庭が明るくなることによって地獄界の霊人達の数も減り、現象界に影響を及ぼす度合いも少なくなってくる。
現象界の仏国土・ユートピアは、こうして実現の駒を進めることが出来るが、現象界の人びとが五官六根の煩悩にふり回され、自己保存(自分さえ良ければいい、という想い)に流されている間は、先祖供養どころではないわけである。
仏壇に食べ物を供えても、地獄霊は食べることは出来ない。
むずかしい経文を読誦(どくじゅ)しても、これを理解することも出来ない。出来ないから地獄に堕ちているわけである。
先祖供養は地獄霊を昇天させることにあるのだから、それには子孫である家庭が、ブッタの説かれる正道に適った生活を送り、彼等に反省の光を与えることにある。
お盆の三日間の供養のいわれは、人びとは、仕事や家庭や雑務に追われ、真に人に奉仕するという時が少ないので、一年を通じて、せめて三日間だけでも恵まれぬ人びとに奉仕をしなさい、というのである。

以上

かなりの長文をご覧いただきまして、お疲れ様でした!
そして、ありがとうございました。

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[ 2007/07/26 21:23 ] 随 想 | TB(0) | CM(20)
  1. ..
とても納得のいく教えです。
供養するとは,現世に生きる我々の日々の
努力でしか出来ない・・・
日々明るく、そして奉仕の心が
祖先の魂に光明をあたえ、いずれ供養される
とするならば、自分達の生きかた次第なわけですね。
毎日を大切に過ごしたいです。
有難うございました。
[ 2007/07/26 22:41 ] #- [ 編集 ]
>がばい、えずかぞ! (o^艸^o)ウヒヒ  爆!

お盆の、ゆきさん一族のご様子が目に浮かびました。
確かいつか・・・田植えの時期のお話を聞いたときと同じくですが
身内の集まりって、色々あっても、いいものですね。^^


私も、お盆は、先祖の霊が帰ってくる日。なので、みんなが集まって
供養するもの。。。くらいは思っていましたが・・・★

コリータのお話し・・・すごく面白かった・・・!(というの不謹慎かもですが)
そしてとても分かりやすいお話しだった!

今年のお盆は、そんなことを思いながら過ごしてみます。^^
そして、ケンカばっかりしないで、親とも仲良くして・・・(爆)
自分達=現在の家族だけ、の問題ではなく、ご先祖様たちにもつながってると
思えば・・・今までと違った捉え方ができそうです★

ありがとうございました。^^
[ 2007/07/26 23:17 ] #sC8s1XYA [ 編集 ]
お盆について、初めてその詳しい起源を知ることができました。

親子であれ、魂は別。

この世にあっても、なくても、すべては自分の心次第。

私の母は、「私が苦労をこなしてゆけば、あなたたちはそれをしなくて済むような気がするから」と言ったものですが、母が苦労をしょいこんでも、それは母の問題であって、私達娘にはまた個々の魂の課題があるのですよね。

でも、その母の気持ちは、母なりの親心なのだと心から感謝しています。

心を正して明るく生きることが、どんなに大切なことなのかを、改めて感じて、今年のお盆を過ごそうと思います。

ゆきさん、いつも大切なお話をありがとうございます!
[ 2007/07/27 09:39 ] #- [ 編集 ]
>とても納得のいく教えです。

良かったです。ありがとうございます。

私もこれまで、スピリチュアルの古典の翻訳本を
何冊か読んできましたが、上記紹介させて頂いている
内容と、ほとんど同じことが書いてありました。
身内が亡くなって地獄に堕ちたとしたら、その霊は
残した身内を、地獄の苦しみの合間に垣間見るそうです。(汗
霊となっているので、生きていた時に見えない身内の心が見えるそうです。
残された身内の心が明るく、自分の心と比べて、自分の心に醜いものがあれば
その霊は疑問を持つそうですよ。
そこで、身内の霊は成仏の一歩を踏み出すんでしょうね。

>日々明るく、そして奉仕の心が
祖先の魂に光明をあたえ、いずれ供養される
とするならば、自分達の生きかた次第なわけですね。

仰るとおり、そうありたいものですね。

いつも、長文をご覧頂きコメントまで残して頂いてありがとうございます。
[ 2007/07/27 10:15 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
>確かいつか・・・田植えの時期のお話を聞いたときと同じくですが
身内の集まりって、色々あっても、いいものですね。^^

田植えですね!
覚えていてくれてありがとう!
もう、夫婦げんかの大騒動でした。(爆

>コリータのお話し・・・すごく面白かった・・・!(というの不謹慎かもですが)
>そしてとても分かりやすいお話しだった!

そう言って頂くと、紹介させて頂いた甲斐があります。
嬉しいです。

>自分達=現在の家族だけ、の問題ではなく、ご先祖様たちにもつながってると
>思えば・・・今までと違った捉え方ができそうです★

そうだよね。
お盆に、面識があった亡くなった身内を思い出して
一つでもいいので、自分に対して
良くしてもらったことを思い出し、
感謝の心を捧げるだけでも喜んでもらえるようですよ。
アラン・カルディックによると
亡くなった霊に対する「感謝の祈り」は、とても供養になるそうです。
[ 2007/07/27 10:38 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
>お盆について、初めてその詳しい起源を知ることができました。

読んで頂いて嬉しいです。
私は高橋信次という人の教えを信奉しています。
ここに来て頂く皆様に、少しでも何かの参考になるなら・・・
そういう理由で、このブログで長文を(笑)を紹介させて頂いております。

>でも、その母の気持ちは、母なりの親心なのだと心から感謝しています。

優しいお母さんです。
自分をどこかで犠牲にしてまで愛情を注いでこられた
親心というものが伝わってきます。
シエラさんを大切に育ててこられたんですね。

>心を正して明るく生きることが、どんなに大切なことなのかを、改めて感じて、今年のお盆を過ごそうと思います。

そう仰って頂くと、とても嬉しいです。
長々とご覧頂き、ありがとうございました。
[ 2007/07/27 11:02 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
ゆきさんの記事を、私のブログで紹介してしまいました・・・事後承諾になってしまいましたが、ゴメンナサイ!!

祖父のことを思い出して、お昼休みに作ってUPしてみました。

[ 2007/07/27 13:43 ] #- [ 編集 ]
シエラさーん。

紹介いただいて、とても嬉しいです!

事後承諾!!全然構いません!

さっき覗いてきました。
おじいちゃん、分かって頂いて
良かったですね!
素敵な記事でした。
ここにお出で頂く、みなさんも
お時間が許す時にどうぞ、ご覧下さい。

「空に浮かぶ雲のように」素敵なタイトルのグログです!
http://kaneohe.blog111.fc2.com/

こっちも未承諾でリンク貼りました!

シエラさん、ありがとうございます。
[ 2007/07/27 15:59 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
ゆきさん、やさしいお言葉、ありがとうございました。


実は今日は、私の子供が生まれるはずの予定日でもあって、ゆきさんのおかげで、あちらの世界のこと、自分のこと、過去のこと、いろいろと思いを馳せることができたと思います。

一気に「浄化」しているようにも・・

リンク、ありがとうございます。
(私も勝手に貼ってました・・・)

あんな(?)ブログを紹介してくださり、恐縮です。
[ 2007/07/27 16:06 ] #- [ 編集 ]
シエラさん。
こちらこそ、ありがとうございます。

今日は、本当は大事な日だったんですね。

>一気に「浄化」しているようにも・・

そうだと思います。
これもシエラさんの心がけの素晴らしさが
反映されていると思います。

余分なことですが、
水子霊については全く心配要らないと、私は聞いています。
大人と違って純粋無垢のまま、帰っているので
死んで、うかばれない・・・とういことは
無いそうですよ。

これからも宜しくお願いします。
ありがとうございました。
[ 2007/07/27 16:20 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
そこそこによってお盆も色々ですよねぇ^^;
リヤカーって・・・(爆)

北海道にはそういう制約(?)みたいな
ものが少ないように思います。
逆に本州には多いようですね。

お盆の起源については・・・。
存じていたので('-'*)エヘ♪
三次元と四次元。
想う心が伝わるということでは同じ世界。
私達は三次元に住まいながら、
四次元の魂を持つ存在ですものね^^
[ 2007/07/27 20:02 ] #- [ 編集 ]
>リヤカーって・・・(爆)

三十数年も前の話です!
その頃は、車の数も今のように多くなかったですね。
リヤカーで遊んでいました。(爆

>北海道にはそういう制約(?)みたいな
ものが少ないように思います。

北海道は、そうなんだ!

>お盆の起源については・・・。
>存じていたので('-'*)エヘ♪

あおさんは、おそらく知ってあるかも・・・って
思っていました。やっぱり、そうでした!

>想う心が伝わるということでは同じ世界。
私達は三次元に住まいながら、
四次元の魂を持つ存在ですものね^^

仰るとおり心は伝わるようですね。
四次元は見えませんが。
見えないっていうより、見えなくなってしまった・・・
ということだそうですね。

いつもあおさん、ありがとう!!
[ 2007/07/27 20:58 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
ゆきさん、こんにちは!
最初のゆきさんが少年?時代の盆のお話を読ませていただきました。
面白いですね。今では、親戚で集まることもなかなかないですよ。
それに躾に厳しい叔母様もいないし・・・私はあくまでもあまちゃんで育ってますので笑
高橋先生のことは、うちの店でも話題の人なので、今度じっくりお話よませてもらいますね!
[ 2007/07/28 20:24 ] #- [ 編集 ]
お盆。

もうじきですね…。
お盆には先祖や亡くなった人を思いながら手を合わせるということだけは自分の中にありました。

こんなお話があったんですね!
自分の母を火炎地獄から救いたいコリータの気持ちはよく解る。でも魂が別だということは納得。そして、自分達が心を正し明るく過ごしていくこと、が供養になる…

それは全てのことに通じることって言うのでしょうか。全ての基本になってほしいことですよね。一番大切なこと。

心を改めて頑張る気持ちになりましたー!!
[ 2007/07/29 18:23 ] #Ehezeppo [ 編集 ]
>少年?時代の盆のお話を読ませていただきました。

ありがとうございます。
その頃は釜ではありませんでした!(爆

>私はあくまでもあまちゃんで育ってますので笑

いえいえ。ブログを読ませて頂いて、そういうお人柄には見えません。

>高橋先生のことは、うちの店でも話題の人なので、今度じっくりお話よませてもらいますね!

そうでしたか!!
ぜひ著書を読まれてください。
そして、リンク先に信次先生の
音声のみの講演集があります。
おもしろいですよ。
そちらも参考に、ぜひどうぞ!!

長文をご覧頂き、またコメントまでありがとうございました。
[ 2007/07/30 10:33 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
りょうさん、おかえりなさーい!
そして、いらっしゃーい!

>それは全てのことに通じることって言うのでしょうか。全ての基本になってほしいことですよね。一番大切なこと。

そうだよね。
常日頃、明るく生活できたら
それが一番ですね。

>心を改めて頑張る気持ちになりましたー!!

参考になることがあって良かったです!!

長々とご覧いただいてありがとう!
[ 2007/07/30 10:52 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
こんばんは。

<<『自己の確立こそ、先祖への最大の供養である。』

ブッダ本人が実に家族思いの人であったようですね。
でも、啓示がどんどん来て、それに逆らわずに 真実を求めて生きた。
(手塚治虫からの知識(^^;)
ブッダが自分自身に何度も何度も言い聞かせた言葉でもあり、
彼の見つけた”真理”なのでしょう。

お盆に親族が集まるのはいいことですね。
現代こそ、それが無ければ家族がバラバラになっていきそうです。
子供の頃は 私もお墓とか、仏壇が怖かったな。
自分の親しんだ人が無くなってからですね、
いい意味で受け入れたのは。

コリータの母を思う心情は、ステキです。
だから、ブッダに出会えたのでしょう。
[ 2007/07/30 18:30 ] #WpbHSf/E [ 編集 ]
>現代こそ、それが無ければ家族がバラバラになっていきそうです。

「核家族」といわれて久しいのですが
盆、正月、慶事などしか、なかなか親戚が集まることは少ないですよね。
こういった親戚が集まる慣習は大事ですね。

>子供の頃は 私もお墓とか、仏壇が怖かったな。
自分の親しんだ人が無くなってからですね、
いい意味で受け入れたのは。

私も祖母が亡くなって、仏壇やお墓に意識しだしました。
でも、やっぱり怖かったですぅ。

>コリータの母を思う心情は、ステキです。
だから、ブッダに出会えたのでしょう。

コリータの親を思う心、地獄救済の心は
お母さんから見れば良い子供に恵まれたということでしょうね。

響さん、コメントありがとう!!
[ 2007/07/30 19:35 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
この年になってもお盆の日にちと意味がはっきり知らなかったです!
私の実家の方はあまり風習にこだわっていないので、お盆も忙しくお墓参りして実家へ行ってでしたがこんなで本来の言い伝えは出来ないだろうな~と何時も思っていたので勉強になりました!

でもゆきさんのとこの厳しさはあってもお盆と言う感じがします。
私など何にも知らないかもしれません。
[ 2007/07/30 21:49 ] #- [ 編集 ]
ふみえママ、長文をご覧頂きまして
ありがとうございます。

仏教だったら日本全国同じだろうとばかり
思っていましたが地域によって、
家庭によっても、いろいろと違うようですね。
ふみえママやあおさんの記事を見て
私も勉強になりました。

いつもコメントありがとうございます。

[ 2007/07/30 22:07 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
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