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天の御国 3 

イエス様がゴルゴダの丘で磔刑にあったとき、その姿を見ていた母マリアはヨハネ族の長老、ヨハネの胸で泣いていたそうです。
イエス様のひざ元にいた菩薩界レベルの魂の持ち主の、あの十二使徒ですら裏切り行為をした人がいます。
それを思うと本当の「信」について、なぜ復活される前に気付けない・・・。
もちろん、私がそんなことを言える「信」をしっかり持っている人間ではありません。
でもなぜか、深く考えさせられます。

高橋信次先生の講演では、このようなことを常に仰ってあります。
「信じることに対しては、すぐに鵜呑みするのではなく、まず疑問を持ちなさい。なぜ、どうして。なぜそうなるのかという疑問に対する回答をみつけて、それに自分が納得したら初めて信じなさい。」
つまり疑問・追求、疑問・追求のプロセスの繰り返し。結果、おかしがたい神理に到達するのだ、と述べられています。

高橋信次先生は「疑問をもて」の、そのことについて高橋信次先生ご自身、イエス様と対話したことを話してあります。それは、いつの講演だったか私は忘れてしまいました。おそらく個人録音のテープだったかと思います。私の記憶に基づいて書きます。
「疑問・追及」の姿勢に対して、「イエス・キリストは、『お前、初めから 信じよ。 といった方が精神面でも成長は早い。』と。」、そのようなことを言ってあったそうです。
そのイエス様の言葉に対して高橋信次先生は、「私がいるうちは、私には大衆の、どんな疑問に対しても必ず回答を与えることができる。」
というような言葉を返した、と仰ってある場面があります。

それを思いだすたび、高橋信次先生の説かれた「法」に対して自分の「信」の重みはどうなんだろう?と考える時があります。
お釈迦(ブッダ)様の当時、ブッタサンガー(教団)に入る資格がある人は三宝帰依している人のみです。三宝とは、「仏(お釈迦様)」と「法」と「僧・教団」の三つにすがることです。その三つを信じていなければ弟子にはなれません。
高橋信次先生が説かれる「法」(2600年前の釈迦当時の教え)は盲目の人生の中、人を幸せへと導く教えです。おそらく誰がみても人心を惑わすような危険な教えとは、まったくちがいます。

イエス様がいわれた言葉、「迷わずに素直に信じること。それを受け入れ従うこと」・・・これはとても大事なことのように思えてきます。
そう考える一方、私はなかなか実行できていません。それは「信」の欠片もない証拠です。汗!


ところでGLA関西本部の本部長、岸田 守先生が高橋信次先生のまえで、過去の転生の中でカナンの地より「預言者」として出てきたことを初めて思い出される場面があります。
岸田先生が過去世でのイエス・キリストが出生することを預言した、預言者時代の頃を思い出された「現証」のその直後に高橋信次先生が岸田先生のそれに関連してイエス様を描いた映画、「偉大な生涯の物語」について語られています。

ずいぶん以前のことですが、それを聞いて私はこの映画を探していました。たまたまカトリック教会のバザーで見つけて購入することができました。感動的な映画です。
その映画を詳しく ストーリー・観た感想を書いている方がいらっしゃいました。


偉大なる生涯の物語VHS


もし、このブログをご覧のみなさまの中で、興味ございましても探し出すことが出来ない方がありましたなら、メールにてご一報いただければこのVHSビデオをお貸しすることはできます。

高橋信次先生の予言によると、現在のシカゴに将来、イエス・キリストが肉体を持って再来されるそうです。もう、あと115年くらいの後。
そのときには、この地上に天の御国ユートピアは建設されるのでしょうか・・・

駄文を長々と書いてしまいましたが、これまで連続してご覧頂いた方、ありがとうございました。


最後に、高橋信次先生が「偉大な生涯の物語」についてお話しされたことばを少しばかり、ご紹介させていただきます。
以下、昭和47年4月、高橋信次先生、岸田 守先生の現証後のお話しより。


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これ(映画、「偉大なる生涯の物語」の上映)をまた、みなさまが観られたときに、その当時の模様がはっきりとわかります。
ただしイエス・キリストは亡くなる時に、「神は我を見捨てたもうた」という言葉がありますが、それはマチガイです。
それをみなさまは信じないでほしいのです。
その時にイエス・キリストは自分自身が、すでに天上界に上がって自分の死体を見ておりました。
「かわいそうな人たちだ。私の真実のことが分からないために私を殺してしまった。あわれな者たちよ。」
といって、涙を流していました。
ところが彼が最後に、「神が我を見捨てたもうた」というのはうそです。
イエスはそんな執着を持っているような人ではありませんでした。
それだけを一つ、付け加えておきます。
ぜひ観られる機会がありましたならば宜しくお願いします。

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P1000262.jpg



タグ : 天の御国



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[ 2008/05/22 19:20 ] 随 想 | TB(0) | コメント(-)
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