秋の空とトラック 

天を高く感じれる秋空は、いつ仰いでも気持ちがいいものですね!

秋の空とトラック




エノコログサ

この草たちも、ずいぶん秋色になってきています。




ここからは以前に書きました、「般若心経のまとめ」の続きです。
とても長くなりますので、ご関心がおありの方だけ、お付き合いください。
スルー、斜め読み、大歓迎!!です。

以下、紹介させて頂くために転載しております。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


仏説摩訶般若波羅蜜多心経

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 
度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 
空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相 
不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 
無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 
無眼界 乃至無意識界 無無明亦 無無明尽 
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 
以無所得故 菩提薩 依般若波羅蜜多故 
心無礙 無礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 
究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 
得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多 
是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 
能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 
即説呪日 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 
菩提薩婆訶 般若心経 

(※以上、般若心経全文)



摩訶般若波羅蜜多心経

摩訶(まか)とは古代インド語のマーハーの音訳である。マーハーとは、偉大なとか、大いなるの尊称の意味に使われている。
仏弟子である目連(もくれん)のことをモンガラアナーといったが、天眼(てんがん)が優れていることと、同一の姓が多かったため、大目連、つまりマーハー・モンガラアナーと尊称していわれた。
またゴーダマ・シタルダーの義母を弟子たちはマーハー・パジャパティーと呼んでいた。

般若(はんにゃ)とは、仏智のことである。魂の転生輪廻の過程において体験し、学んで得たいわば智慧の極点であって、その極点が意識の中に記録されているのである。

人の一生は五十年、百年ではない。何億、何十億もの人生経験を経て、現在ある。その経験から学び取った智慧が意識のかなに収まっている。
それ故に、無為徒食(むいとしょく)した者に、そうした意識が収まるわけがない。最善をつくし、その一生を努力と奉仕のなかにあった者の善知識が記録されているのである。
医学を学ばないで医術を施すことはできないのと同じように、意識の記録は、現象界で学んだこと、経験して得た人生の正道が収められているのである。
もちろん、それだけではない。私たちの人生は、この世だけではなく、実はあの世もある。あの世でも修行があるのである。
あの世の修行は長い。千年、二千年である。ただこの現象界の利点は、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の世界だけに、数多くのことを、同時的に学び得ることができる。
したがってあの世の十年は、この世の一年で足りよう。
何れにせよ、そうした人生経験から得た知識、善知識が意識のなかに記録されている。
人生の記録だから正道に反した想念と行為についても記録される。それだけに、それが業(かるま)となって同じところを行きつ戻りつする魂も出てくるわけだ。
人間の意識には表面意識(ひょうめんいしき)と潜在意識(せんざいいしき)がある。過去世の記録は潜在意識のなかにかくされている。
偉大な発明発見が、最善の努力を重ねているうちに、思わぬ結果となって生まれてくる。
新しいアイデア、あるいは人生の危機を回避できた発想というものは、ほとんどが、潜在意識の作用によるものである。
般若の智慧は、こうしたものも含めて、いわば最高最智の智慧であり、その仏智は、正道を悟ることによって、潜在意識と表面意識が調和されたときに生じてくるものである。
般若の智慧については後で詳述する。

次に、波羅蜜多(はらみった)であるが、これはバラモン教典のパラミターがその原語である。
パラ(波羅)とは到着するという意味であり、ミター(蜜多)とは、この場合智慧ともいい、通常は彼岸という風に解釈している。
二千五百有余年前のインド、それも中インドでは蜂蜜は貴重品であった。蜂蜜は栄養価も高く、容易に口にすることができなかった。そのため仏陀は説法の際に、蜂蜜を例にとって、波羅蜜多の説明をしたのである。
すなわち、智慧とは蜜の一杯つまった最も栄養価の高い至上のものであり、これを得るには正道にそった生活行為しかないということを説いたのである。
このように彼岸は智慧の宝庫を指しているわけです。
「彼岸」がある以上「此岸」がある。此岸とは業生の世界であり、彼岸とは業生を解脱した悟りの境涯(きょうがい)をいう。
ところで、バラモンの経典はイグヴェダー、ウパニシャドを中心として成り立っている。
バラモン教は長い歴史を持っており、その発生は約四千余年の昔にさかのぼる。バラモンの教えはエジプトから伝わり、インドで教典化された。
一万二千年前のアトランテス時代のアガシャーより伝えられて、のちエジプトで神理が説かれたのは今から約四千二百年ほど前にさかのぼる。クレオ・パローターやアモンという人々が説いたものである。モーゼより以前である。
バラモン教典の中身はそれだけに神理が書かれており、観自在菩薩(かんじざいぼさつ)についても触れている。
本来、バラモン教は、クレオ・パローターが説いたその神理を教典としているのだから、教典そのものには過ちが少ないが、月日が経つにしたがって形骸化(けいがいか)され、階級制度がバラモン教を支配するようになってしまった。
仏教が二千五百有余年後の今日、哲学となり、学問になった。僧侶の世界はいつしか階級制度が採られ、檀家や寺院を維持するための職業と化している。しかし、仏典の中身は、この般若心経にしても仏陀の説法が説かれているのであり、間違いは少ないのである。
ただ、古代インド語が漢文になり、その漢文も音訳が多いために、漢字の意味と事実との間のかなりの隔(へだ)たりがあって、ますますその真意が解らなくなってしまったことは否定できない。
ともかく、こういうように、バラモンの教典そのものは、神理を説いているが、今日の仏教と同様な経過を辿(たど)っていったのである。

心経(しんぎょう)とは、文字通り、心の経である。経とは梵語のストラーを翻訳(ほんやく)したもの。その意味は心の核、つまり核心(かくしん)ということになろうが、心という言葉ほど掴(つか)み難く、それでいて今日、これほど簡単に使われているものも少ないようである。
吾人はよく心の調和を口にするが、それだけに現世の人間関係は不調和であり、それを願う気持ちが大きいといえる。
しかしながら、心の実体、実相というものを知らずして、それを願うことは不可能ではないだろうか。
では、いったい心とは何だろうか。心とはどういう機能を持って私たちを動かしているのだろう。心経で教える心とは何を意味するのだろう。
一口にいって、それは永遠に変わることのない魂の中心が心なのである。
結論を急げば、心とは、人間と宇宙を貫く同一の意識である。
同一の意識とは、万生万物を生かし続けているところの大自然の偉大な叡智(えいち)、慈悲、愛の意識である。
言葉をかえれば、それは私たちの心の中に内在されている仏智であり、心経は、心の極点であるその仏智を教えているものである。
こういうと、いかにもむずかしく、ますますその意味を解しかねる向きもあると思うが、要は赤子のような素直な感情と、それでいて、何もかも見通せる能力と、泉の如く湧き出でる無限の大智識を内に包んだ状態であるといえる。

魂の存在を否定する人が多くなっている。
理由は死後の生活が解らないということと、科学の発達が未知な分野を解明してきているからだ。
しかし、死後の生活が解らないから否定する、科学がナゾ解きをしてくれるから、魂がないと、どうしていえるだろう。
死者がよみがえって、生きている人と談笑した例は、枚挙にいとまがない。
私などは、霊的には、年がら年中、死者と話している。だから、死者の霊というものは存在し、あの世で生活していると、声を大にしていえるのである。しかし人は、なかなか信じてはくれない。そこで、いろいろ例を挙げて説明するが、それでも信じない人がいる。
こういう人は不幸な人である。あの世を信じられない人は、どうしても、この世の常識での枠内でしか、ものを見る目を養われないからである。
霊媒者(れいばいしゃ)は世界各地に散在している。霊媒とは、あの世の霊が霊媒者の意識と肉体を借りて、ものを語ったり、物品を移動したり、念写をしたりする人のことである。
物理的には到底考えられないことが、霊媒を通すと、それができるのである。その状況は奇術か手品に似ている。ところが奇術や手品は、チャンとした仕掛けがある。その仕掛けをおぼえれば誰にでもできる。が、霊媒現象はそうはいかないのだ。万事、あちらまかせだからである。しかし、そうした非物理的(この世から見た場合に)なことが可能であるという事実は、三次元以外の次元のちがった世界が存在し、その世界からの働きがあるからできるということがいえるのである。
霊媒者の背後には、必ず、一人ないしは数人の霊人が立っている。次元の低い霊媒者には、動物霊が姿を見せている。そうして、こうした背後の霊が、灰皿を空中に浮かしたり、本人が語れないようなことを語ったり、念写を実現させている。現実にまったく無いものを生み出す物質化現象については、霊媒者の意識が高くないとできないものだ。物質化現象は、ある意味では物品移動に相違いないが、他の天体の物質を、地球の物質に変え、現わすことだってできるのであり、こうしたことは低次元の霊にはできないことだ。物品移動は、家のなかである物を、A点からB点に移動させる、家の中から百メートル離れたある地点に移動させることである。こういうことは動物霊でもよくやるのである。
何れにしても、こうしたことは、三次元的物の見方では考えられないことであろう。しかし、こうした実験は、アメリカ、イギリス、フランス、インド、日本でも、霊媒と称する人を通して行われている。
問題は、こうしたことができても、その客観的説明になると、現在の科学ではまだそれは不可能に近く、霊媒者という特殊(本来そうではないが)な人でないとできないところにあるようだ。
しかし、だからといって、あの世に霊が存在しないといい切れるものではないのである。
アインシュタインの相対性原理以前の宇宙像は、宇宙は二つの異なった要素、つまり物質とエネルギーをいれる容器であるというものであった。
ところがアインシュタインは、質量とエネルギーは同等であり、物質はエネルギーの集中したものであるとみたのである。物質が質量を持たずに光速で走っていれば、それを幅射とか、エネルギーと呼ぶことができようし、反対にエネルギーが凝結して別の形をとれば、これを物質と呼べるようになったのである。この理論によって、光、熱、音、運動などについても同様にエネルギーと呼ばれるようになった。
物質とエネルギーはこのように同一の要素からできているが、同時に、エネルギーそのものは永遠にして不滅なのである。よく引き合いに出すが、水の性質がこれを最もよく物語っている。
氷も、水も、ともに物質であり、前者は固体として、後者は液体として人間の視覚にはっきりとらえられる。ところが熱粒子にあたためられると、氷や水はやがて、気体となって蒸発してしまう。目に見えなくなってしまう。しかし蒸発した水が無くなったかというとそうではなく、天空高く舞い上がった目に見えない水滴は、天空で冷やされ、雨や雪となって落ちてくる。つまり、地球上の水の質量は、こうした循環をくりかえしながらも、決して、減ることも、増えることもないのである。
一切の物質は、このように時にはエネルギーとして空中に存在し、そうして、さまざまな条件の組み合わせによって、動、植、鉱の物質として生まれ変わっている。
こうみてくると、物質とエネルギーは形を変えた不滅(ふめつ)の連続体としてとらえることができるであろう。連続体とはつながっていることを意味している。
アインシュタインは、天空に広がる大宇宙を、時間と空間とからなる四次元の世界として、これをながめている。
物質の実像は、四次元にあって、はじめて、実在性を伴うとしている。
たしかに、大宇宙を三次元の主観的な空間としてとらえるだけでは、明滅する星の距離も判らず、客観的な実在性も伴っては来ない。ただ、空間に、物が、在る、ということにすぎない。そこで、これに一つの次元の時間を加えることによって銀河系は、はじめて、その全貌を現わすことができよう。すなわち、秒速五万六千キロの早さで、無限の彼方に遠ざかる巨大な星雲、五億光年も離れた島宇宙のきらめきをキャッチする望遠鏡にしても、時間という測定単位が加わることによって、宇宙の生命、星雲の実体というものが認識されてこよう。
物が運動するとは、時の経過を意味している。時間のない運動はあり得ない訳である。その意味では、時間は、物体が点から点に移る連続体として、これをとらえることもできよう。
私たちの肉体と意識についても、さきほどの物質とエネルギーとしてみることができるし、人間がこの地上に存在するということは、そのこと自体、そのまま、四次元の世界を形成しているということがいえる。過去、未来という時の流れのない人間がもしあるとすれば、それは死した化石にすぎないといえるだろう。
何れにせよ、私たちが、現在、肉体を持って、地上に存在するということは、存在する以前に自分があったであろうし、肉体は死しても、エネルギーは不滅の法則通り、自分自身は、なおも存在し続けるものである。人間以外の他の物質が、エネルギーにとってかわって時間の流れにそって、永遠に生き続けるというのに、人間だけが、「死して灰(※なんにもなくなる)になる」ということはあり得ないではないか。
人の存在はそのまま四次元を形成し得ることは、実は、重大な意味を持っている。
四次元がある以上は、五次、六次元もあるわけであり、そうした連続体の中に、人は呼吸し続けている。この点については、後でまた詳述したい。
ここで述べたいことは、肉体と意識、肉体と魂が次元を異にしながらも、同時に存続し、肉体が大気に還元される(死ぬ)時には、人の魂はその肉体から抜け出し、なおも行き続けているということである。
現代の科学が、人間の死後の生活や魂の存在を認めようとしているのに、その一方では科学がこれを否定してくれると思われているところに、問題がある。科学者は科学する心を広めれば広めるほど、生命の驚異(きょうい)に畏敬(いけい)の念をいだく。これを逆にいえば科学を学ばない人ほど、生命を軽んじるようである。
魂の存在は、以上の簡単な説明でも容易に理解されると思う。
魂は、肉体舟をあやつるところの、己の意識である。個性を持った意識である。したがって、その魂は千差万別であり、成仏する魂もあれば、迷える魂も出てくるわけである。
そうして、その魂を魂として機能化させているものが心なのである。心は、魂の中心にあって、魂を永遠に生かし続けているものである。心経とは、その心の教えなのである。


:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

以上、転載でした。

かなり長くなり、ご迷惑おかけしました。
もし、お忙しいなかを訪問して頂いて、しかも丁寧にご覧頂いた方がありましたなら、お礼申し上げたく思います。そして、ご覧頂いた方の何かの糧、気付きになっていただいたとすれば、私としては冊子を転載、紹介できて嬉しいです。

ところで、この冊子によると、これ以降は般若心経の経文の具体的な解説に入ります。
まず具体的に、ことばを説明する前に、ここでは、重要な全文の大意を述べられてあります。そういう主旨からすると、これを何度かに分けるよりもまとめて転載しました。

信次先生は神の世界を見聞されて、神の存在から見た人間。その人間としての在り方、生きる道。この世とあの世の仕組みを講演ではよく話されます。しかも誰が聞いても解りやすいような理論と実証をともなってのお話しです。一般におられる霊能者とは、その辺からすでに大きく違います。


次回からはできるだけ分けて転載いたします。
・・・といいながら、結局長くなるんだよね。爆!

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紫色の花

実家の庭に咲いている紫色の、なんだか、ひょろひょろ(笑)している花。

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

タグ : GLA誌に連載:般若心経解説



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[ 2008/11/05 16:24 ] 随 想 | TB(0) | CM(10)
  1. ..
こんばんは。^^
秋も深まってきましたね。秋は色んな空の表情があって一番好きです。
この競技場はお近くですか!開放感と爽やかさ感じますね。
エノコロ草は筑後川沿いかしら~♪キレイ。^^

最後のお花は、私もよく見かけます。
寒色系で統一された色味に冷たい風を感じるなぁ~。^^

最近めっきり冷え込んできたので風邪などお気をつけ下さいね。
お忙しいと思いますが、頑張って下さい!!



[ 2008/11/05 21:15 ] #sC8s1XYA [ 編集 ]
コメントありがとう。

職場に急いで向かう途中なんかで、ひつじ雲なんかが、ぷかぷかしているのを見るとのんびりしたくなるよね!

そうなんです。両方ともズバリです。笑!
陸上競技場はネコの写真を撮ったところです。
久留米市内に鳥類センターがあるのを知っている?
その隣に競技場があります。

エノコロクサも筑後川沿いなんです。

この花の名前、なんだろう。知ってる?
母親も花の名前も知らずに植えているようです。笑!
この写真は、花の真下から空に向けて撮りました。
思いっきり逆光だったのでフラッシュをたいたんです。
普通にフラッシュ無しでは花は真っ黒く写って空は、逆にこれよりも、もっと青く写っていましたよ。
おそらくフラッシュの関係で花と空に冷たい風を感じるのかも。

以前の職場と違い、海からの潮風は厳しくないと思いますが、ぷりんちゃんも風邪に用心してね。
励ましもありがとう♪
[ 2008/11/05 21:38 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
ばんにゃ♪

うわぁ・・・。
随分と腕をあげましたねぇ!!
すっごい素敵に撮れています^^

それと、長文転載お疲れ様でした。
これだけ打ち込むのは大変でしょう?
それでも伝えたいものがある。
そんなゆきさんの心がとても伝わってきます。
素晴らしいことですね^^
[ 2008/11/05 22:03 ] #- [ 編集 ]
ばんにゃー あおさん。

そんなに褒めていただいて嬉しいです。
実は三枚の写真は、どれもイマイチの感じがして載せようか載せまいか迷っていました。爆!

実はこの長文は、以前に打ち込みがすんでいた分なんですぅ。
今はちょっと忙しくて、ゆっくりとキーボードと仲良くなれません。笑

信次先生の、この「般若心経のまとめ」は知らない人が多いと思います。もちろん、あおさんもご存知の「原説般若心経」と大きく内容が変わるものではありません。
でも、ちょっと珍しい文章なので故人に了解を得て冊子の全容のほとんどはPCに打ち込んでいました。
ですから、この記事は写真だけを加えただけです。
でも、あおさん。ねぎらいのことば、ありがとうね。

その故人の方は他にも冊子を発行してあり、信次先生から研修時に教えて頂いたときの「光の入れ方」の場面があるので、いずれそれも紹介しようと思います。
こうやって、このような記事を転載してブログで紹介できることを自分一人で喜んでいます!
他の人が、その冊子の存在を知らなければ自分だけ知っていても、もったいないばかりです。

信次先生のつながり(佳子先生)のある、あおさんとブログで会話できることはうれしいですよ。

訪問とコメントありがとう!
[ 2008/11/05 22:43 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
おはようございます!
競技場の写真、色合いがとてもきれいですね(#^.^#)
青い空、緑の芝生、赤いトラック…こういうカラフルな写真も惹かれます♪

一番下の写真の花はたぶん「メキシカン・セージ」だと思います。
以前写真を撮っていて「何の写真を撮ってるの?」と声をかけてきた見知らぬ奥様がこのお花を摘んでくださったんですが、そのとき「セージ」って言ってました。

空バックのお花はいいですね~。
空バックはプリンちゃんのところで気に入って以来、自分で撮るときもお空を入れたくなってしまいます♪
[ 2008/11/06 06:50 ] #- [ 編集 ]
血管も鮮明に色白く
あんにょんはせよゞ(⌒o⌒ゝ)

お仕事柄お日さんに当たる機会
少ないさかい
最近ビタミン欠乏してるようです
ええお天気にゎやっぱお外で運動
これでも足ゎ速い方でした
クラスで32番目くらい
どっちかゆうたら遅いやん! (*´ー^`)ゞ
いや速いとゆうのわ
むかついたら直ぐ
足が出るとゆうことどす (*´ー^`)ゞ

そうそうお人の一生何十億~
せやから自ら命絶ってわいけません
自然の流れを止めてしまうことになるさかい

悪いことしはったお人ゎ
来世その罰を受けます
虫けらに生まれてくるかも知れません
今努力しても幸薄いお人かて
来世ゎその分努力無しにも
幸せに恵まれる
天からちゃんと見守ってくらはってるんです

ミナが祈ってることゎ
今の苦境から解放されることでゎ無く
その解放されて笑顔になった自分を
イメージして祈ってるんです
今起ってること祈っても仕方おへん
祈ってその時に戻れるヮヶでもないから
常に未来を祈ることが大事なんですよねぇ
仏法対話ゎ大事です!

あとゎ難しゅてれぃこの教養の範囲外です
ここきて日々精進します v^ε^o)
Yes We Can!



[ 2008/11/06 11:09 ] #- [ 編集 ]
写真、見ていただいてありがとうございまーす。

競技場の色合いは偶然です。別にねらっていたわけではありませんが、そう言っていただけると嬉しくなります!

これはメキシカン・セージという名前ですか。
初めて聞く名前です。れんさん詳しい~。ありがとう。
母親も名前を知りたがっていたんで、教えるときっと喜びます!

そうだったんですか。ぷりんちゃんの影響ですか。
私も写真はあまり興味なかったんですが、ぷりんちゃんの写真を見ていて私も影響を受けて撮るのが好きになりました。
もっとセンスを磨きたいくらいです。

コメントありがとう。
[ 2008/11/06 14:49 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
>血管も鮮明に色白く

京都の芸子はんみたいに、美人を連想ましたがビタミン不足なんだね。
ってか、なんだね、どころじゃない。だいじょうぶですか。お仕事に夢中になると自分のからだのことを忘れるので気をつけてくださいね。ビタミン、しっかり補給してくださーい。

>むかついたら直ぐ 足が出るとゆうことどす

なるほどね。れぃこはん。おこると、こわいかも。爆!
冗談ですぅ。そんなことないよね!


長文を読んでいただいて、ありがとうございます。感謝。
れぃこはんのかいてあることは、そのとおりだと思いました。
でもニュアンス的に一つだけ!

>来世その罰を受けます

受けるのは大きく二通りあります。
一つは自分が納得して。もう一つは自覚なしです。

受けます、とは受動的な感じ、であると解釈すると・・・
実は、その一つは、教えて頂いたことによると、これは能動的なことだそうです。
神の掟に反したことは、自分から罪の償いをする、ということだそうです。
つまり、この世でいう極悪人でもひとたび、肉の体を脱ぎ捨てる時期が来ると、人間は早かれ遅かれ魂に刻まれている、生まれてくる前の世界を思い出すそうです。
この地上とは違う幸せな世界です。そこで、その極悪人はそこに戻りたい、そしてその世界のすべてにゆきわたっている慈悲の心、愛の心を取り戻したくなるそうです。
しかし、この地上とは違い、思っていることは全ての人に見通しですので、自分にも他にも、うそはつけません。
心から罪を反省しました、といっても何もしなければ償えないわけです。というか、何もしないであっさりと入ることに自ら抵抗を持つことになります。この世でも頭だけでわかっても行為がないと何にもならないことと同じです。
ですからそのために地上で犯した罪の償いとして自ら苦しみを一旦は地獄にて課すそうです。そして自分の帰る世界に比例した慈愛の心を取り戻した時に生まれてくる前の世界に帰れるそうですよ。
死んでから生きていたときの罪を裁くのは閻魔大王ではなく、自分が裁判官となって裁くそうです。情状酌量の余地すらないそうです。それは自分が生まれてくる前の世界に比例した慈愛の基準です。
しかし、魂の世界にも細かい段階がありますので必ず元の世界ではなく数段、落ちた世界に落ち着くかも。
逆にこの地上でしっかりと修行できたら数段上の世界にも上がれるそうです。
この世では反省というのがあります。これは死後の反省よりも生きているときの方がはるかに特権のようです。
高橋信次先生はあの世に行って世界各国の有名人の死後を見てあります。高橋信次先生によると、第二次世界大戦に追いやった日本の首謀者が死ぬ直前に牢屋で戦争責任を心から反省したそうです。その反省により死後は自分の本来居た世界に戻れたそうです。しかし、その戦争責任を感じ、すんなりと天上界に帰ることなく、自ら地獄に堕ちたそうです。
この例は他にもいろいろあるようです。たとえば日蓮宗の日蓮は当時、部分的に間違ったことを人びとに教えたことを後で死んでから気付いたので自ら地獄に一旦は堕ちたそうです。
人の上に立つ人間はそれだけ厳しいそうです。現世の地位ではなく、特に魂のレベルが高い(神の世界により近い)と、その罪は大きいものになるようですね。それは、死後に自分の罪を自覚している場合です。
もう一つというのが、それ(自分が生まれてくる前の世界)に気付かないと地獄の苦しみが居心地良くなるそうです。あるいは地獄から逃げようにも逃げられない苦しみ。
人間は生きているときも死後の世界でもなにがしかの進化を望みます。求めます。魂を進化させるために何も解らない盲目のこの地上に出て価値ある修行をするのです。
地獄の霊はいつか必ず気付いてもとの、人間として生まれる前の出てきた世界に戻ります。その時に魂の進化が遅れたことを悔やむことかと思います。

すみません。また、長文。爆!
こんなことを伝えるのが好きなものですから。汗!

ますます訳わからないことかいております。さらーっと流してね。
コメントありがとうございます!
[ 2008/11/06 15:05 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
生きるって正直、大変なことですね…
今生に沢山の経験をすることは、
とても大事な事だとわかっていても、ついつい
愚痴も出てしまう^^人間、未熟であるが上の苦しみですね!
しかし、それを超えられた時の感動や幸せ感は言葉に出来ないほどの
喜びを与えてくれます!自分は難しいことはよく解りませんが、
人とのかかわりの中でこそ、多くの学びが得られるんだと日々
言い聞かせて頑張ってます^^
人生は長いようで短い・・・だから今日一日を精一杯に生きたい。
また明日、新しい自分に出会えるような気がしています!


長文、ご苦労様でした^^
[ 2008/11/06 17:45 ] #- [ 編集 ]
ここで書かれてあるのは、お経の解説という意味で漢文を訳しているために、おそらく難しく感じられることだと思います。
でも決して哲学的に難しいものでもないです。
私は哲学書とか文学書なんて数ページ読んだだけで、頭痛くなります。爆!

私も、そう思います。一人で食糧が豊富な孤島や山にこもっているとすれば、相手がいないので何も気になったり、苦しむ必要がありません。一番の学びは対人関係だと思います。辛い分だけ学びの価値がありますもんね。

この教えを知る前は、苦しいことがあったときに思い出していたのが、高校の先生から国語の授業の時に教えて頂いた、「艱難(かんなん)汝を玉にす」でした。
高校三年間の勉強で得たものは、それだけ。爆!

がっかりして、ふさぎこんでしまう時もありますが、そうですね。新しい自分を明日、見つけるんだー、という心持ちで行けばいいんだね!

長文を読んでいただいて、ありがとう。
[ 2008/11/06 19:22 ] #LvECUUZU [ 編集 ]
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