炉に投げ込まれる野の草 

渡辺さんのブログに以下の文章がありました。渡辺さんには断りなくご紹介させて戴きます。渡辺さん、すみません。

以下その内容です。



>下のラン(シンビジウム)は、ゴミ置き場に捨てられていたものを妻が拾ってきて株分けしたものです。

>その辺にあったビンに水苔を入れ、肥料も何もなしで、ときどき水道の水を適当に与える程度で、あとはほったらかしにしておいたものです。

>しかし、ご覧のように、見事な花をたくさん咲かせてくれています。





山上の垂訓でのマタイ伝は

「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。
しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。
だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。
それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。
何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。
だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」


を、ふと、思い浮かべました。上記は聖書のコピーですが。




渡辺さんは最後の行に

>人が生きるということについて、この花から学べることがあるのではないでしょうか。

とありました。



私自身の思いですが、渡辺さんの短い文章全体を読ませて頂いて、何だか少しばかりドキッときました。
厳しい状況下に置かれたとして、自分が求めようとしているものはどちらなのか・・・






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[ 2011/06/14 02:50 ] 随 想 | TB(0) | コメント(-)
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